潮が舞い子が舞い 10 雑感

 海辺の田舎町の高校生たちの群像劇の最終巻。

 これまでの回で数々の対話がなされてきて、だいたいのなにげないどうでもいいことと、思春期の孤独と共感が積み重なってきました。
 作品の傾向からドラマティックな終わりをもたらさないだろうとは予測していましたが、最後までこれまで通り、彼ら高校生たちの会話とその惹起される感情を読者へ静かに深く刻み込んできました。
 推すとはどういうことかとかヒーローに助けられたらどうするかとかいう与太話も、バイトの配置転換で同級生が目の間を通り過ぎていくのを観察することになったちょっとした成長も、田舎町の食堂で繰り広げられる幼馴染同士の恋愛もみな等しく、今そのページで彼らが過ごしていく時間です。それは当たり前のことでどんな漫画もそうなのですが、本作では一緒にいることや話すことの時間と空間の重みが非常に強くつけられてきました。
 昼の公園のベンチで隣に座って喋るとか、だべって夜になって食堂から出た時に嗅ぐ潮風とか、その時とその場所が忘れえぬことになるかもしれないし、詳しいことを忘れてしまってもかつてそんなこともあったなと思い出して笑うこともあるかもしれないことがあって。
 あるいはふとした時に背景から切り離され2人だけがしゃべり続けるコマがあって、こいつやあいつと話していたなと確かに/おぼろに憶えていくことになるのだと。
 
 そして本作の最後の2本は、メインだった少年と少女のこれまで過ごしてきた時間への相対をさせて締められます。
 少年は、これまでそこまで親しくないひとと、初めて乗ってきた自転車になぜか2人乗りをするという、まさかの思いもしなかった初めての行動を取ります。

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 2人乗りの行先は決まっているけれども、まったく違った人間関係と未来とがこれから待っている――かもしれない。

 対して少女は仲良い少女と抜け出し海を目指します。
 間違いなくこの田舎町を出ていくし、友情を失っていくと告げるあの娘にこれまでのように対話を続けます――そうかもしれない、けれどと、未来への喪失を良しとしないと。そうあれるかは、描かれません。

 最後の最後であえて交わらせられなかった少年/水木と少女/百々瀬とは、そうされたことで関係性が完結したのでしょう。

 こうして海辺の田舎町の高校生たちの群像劇がひとまずのエンディングを迎えました。
 満足するイマを魅せられて、ありうる未来を想う――幸せな読後感と言ってしまいたいところかと。


 以上。オールタイムベスト級に好きな作品の完結を言祝ぎたいですね。

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 <既刊感想>
  潮が舞い子が舞い 1-5 雑感
  潮が舞い子が舞い 8 雑感