Summer Pockets 感想

 夏、少年は亡くなった祖母の蔵の整理の手伝いのために島を訪れる。
 そこで彼は一生忘れられない夏休みを過ごすことになる――


 誰もがそうかどうかは知りませんが、私は極少ない作り手に対して、素晴らしい魔法をかけてくれる、今は違ってもいつかはきっとと、そんな困った期待を抱いています。
 そして自分にとってKeyというレーベル――或いは麻枝准という名前――はその部類に入ります。
 One、KanonAirCLANNAD
 上手く良く出来た作品であるだけではなく、知らぬ間に心の何処かを占拠されていて、偶に思い出してしまってぶわっとプレイしていた時の感情がまざまざと蘇る一時を幸せと呼ばずして何と言うのでしょう。


 そんな訳で新しい魔法を待ちわびたわくわくした気分で、プレイ前に冊子を開き、おっスタッフコメントだ、だーまえは何と書いているかなーと何の気なしに開いてみれば、びっくり。
 いきなりとんでもない剛速球が飛んできます。
 そうか、これに応えないといけないのか……
 割りと結構重い想いでした。


 しかしプレイしてみると、良い意味で前もっての身構えがふっとんでいきました。
 そこには楽しい、心躍る夏休みが待っていたのです。
 ひと夏を島で過ごす。
 海も山も揃い、プールで泳ぎ、駄菓子屋や秘密基地で集ってだべり、人の良い島民ら、同世代の気の良い面子が揃った奇跡のような島で、休みを満喫する。


 今ここをお遊びが多量に含まれた選択肢を選びながら経ていく時間は、楽しいものを楽しいと思えなかった心がゆっくりゆっくりと色を取り戻していく過程でした。

 あっついあっつい空気の中、只管に駆けまわる毎日。
 当然ままならない現実はままならないものですし、胸が抉れるような悲しみに襲われることもあります。泣き叫ぶことも、呆然とすることもあるでしょう。
 けれども、尊い時間を過ごしてきたこと、そのものに意味と価値を得て、どんな状況でも常に新しい一歩を踏み出していく――それはきっと人ならぬ奇跡を前にして、人が起こす当たり前の奇跡で。
 それらを描写しえたことは素晴らしかったんじゃないかなと思います。


 泣けたか――ええ。
 色々と我慢が出来ない時はあったけれども。

紬「ぜったいに楽しいです」
紬「だから……」
紬「泣かないで……」
         【紬ルート】

 当たりからもうプレイして泣かせに来たシーンではうるうるしっぱなしでしたね。


 Keyは健在だったか――はい!
 ただそれはきっと、麻枝さんと不可避にではありますが。


 以上。良く出来た、傑作でした。


Link
 OHP-Summer Pockets -サマーポケッツ- (サマポケ) オフィシャルサイト | Key Official HomePage


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  • 以下、蛇足の個別ルートへのさらっとしたコメント

 ネタバレの気がちょっとだけするのでご注意を。


 推奨プレイ順は最初が蒼、次いで紬と鴎は順不同、最後にしろは。
 特にしろはは後回しにすることを強くお薦めします。


・蒼
 頭がピンクな巫女さん。
 ルートは超常現象の説明の導入としてうってつけなので、一番最初にこなした方が良いかなと。
 キャラも愛嬌がありました。
 ちょろいんなのですが、そのちょろちょろさが実に可愛い。

 それにじと目が実に良い。


・鴎
 スーツケースと共に現れ、宝探しの冒険にさそう謎の美少女。
 中身が素晴らしいのは当然として、このルートは構造に感動しました。仕掛けと物語の畳み方が美しい。
 個人的にはCLANNADのことみルート以上に評価したい手付きでした。


・紬
 灯台プリングルズの容器でベランダを作ろうとする美少女。
 鼻歌が可愛い。
 後半はかなり頑張って泣かしにきます。
 踏ん張って耐えていましたが、クライマックスは卑怯です。あれは泣く。


・しろは
 メインヒロイン。
 最初はとっつきにくいですが、仲良くなるにつれて素が露わになります。パーソナルスペースに入ったと見たらのどこか抜けた気を許した姿は惚れるよなあと。
 主人公が釣っていく端から捌いたり、焼いたりするくだりはほんと好きでした。


・+α
 最初は同じ様な場面で周回のskipが利かなくなったのはバグかなと思いました。でも周回を進めるにつれて、差異が確かに露わになり、待ち受ける悲劇が予測できるようになります。
 この作品全体のガジェットは類を見ないアクロバティックなものではありません。
 しかし輝ける楽しかったものをあまりにも上手く描けてしまったからこそ、何もかもを失う選択は心に響くものがありました。


 そして、だからこそ、あの最後の跳躍に幸いあれ。
 正しい修正はなされ、楽しいものをそうとは知らないで、何度も何度もすれ違い、すれ違う。
 でも、本当に大事なものは最後の最後で手中からこぼれ落ちそうになる前に握りしめられた。
 あそこから、きっともっともっと楽しくなるのでしょう――


 あとはまあ、擬似家族からの本当の家族化ってKey以外の何ものでもないよねと。