ヴァンパイア・サマータイム 雑感

 人類の半分が吸血鬼になった現代日本。同じ場所で、人間は昼の世界に、吸血鬼は夜の世界に住み分けていた。
 夜が短くなる夏、夜に眠れない昼夜逆転の性質を持つ男子高校生・ヨリマサは毎夜コンビニで紅茶のペットボトルを買っていく女子高生・冴原を気に掛ける。彼女は背が高く、色白で、灰色の目をした吸血鬼だった――


 という単巻物の異種間ボーイミーツガール。
 2013年ライトノベルベスト5でベスト1に上げた作品です。
 ただ読んだ当時は感想を書かずじまいでした。
 久々に再読したので感想のスケッチのようなものを少し残しておきます。なおこれも自分の備忘でしかありませんが、この記事はほぼ真っ白だった2013-08-14の下書きを編集して書いています。


 さて本作で主に心に残ったのはコミュニケーションの不成立と、官能描写の2点です。
 

 まずはコミュニケーションの不成立について。
 序盤からヨリマサと冴原の二人は互いのイメージを大きく誤って捉えてます。
 例えば、いたって普通の男子高校生のヨリマサは漢文で「鴻門の会」の授業を受け、くっそくだらない下ネタを思いつきます。

(あっ、やばい……。スゲーおもしろいこと思いついちゃった)


 頭に浮かんだフレーズを机の天板に書き出してみる。


――肛門の快


 自分で書いて吹き出しそうになった。鼻と口を腕に押しつけると、くしゃみを我慢したみたいな音が漏れた。
    (ヴァンパイア・サマータイム(ファミ通文庫)(Kindleの位置No.913-917))

 その机を夜にみて、それがヨリマサによるものだと知らない冴原は眉を顰めます。

 ヨリマサ相手にこんなことをいったら軽蔑されてしまいそうだった――「肛門の快」だなんて。冴原のクラスの男子とはちがい、彼は下ネタなどいいそうになかった。いつもまじめくさった顔をして、冴原が体を近づけると照れたように身を引く。まじめくさった顔でたまに冗談をいう。冴原が笑うと、やや困惑したような顔でほほえむ。
 あれほどまでに下ネタの似合わない人はいないと冴原は思っていた。
    (ヴァンパイア・サマータイム(ファミ通文庫)(Kindleの位置No.963-967))


 あるいは夜のコンビニで出会って駅まで歩いて別れるシーン。
 ヨリマサは階段を登っていく彼女を見上げて送ります。

  彼女はふりかえらない。それはわかっている。ヨリマサのクラスの女子たちとちがって彼女はサバサバしている。「凜としている」と表現するとすこし冷たい感じがしてしまう。もっと彼女は温かく、自然だ。必要なだけの感情を過不足なく表すことができる人だ。
    (ヴァンパイア・サマータイム(ファミ通文庫)(Kindleの位置No.1537-1539))

 対して見送られる冴原はこう考えています。

 彼がそこに立ってこちらが階段をのぼり切るまで見守っていることは知っていた。そこで決してふりかえらないというのが彼女のルールだ。それをやってしまうと媚びた女みたいに思われる。
    (ヴァンパイア・サマータイム(ファミ通文庫)(Kindleの位置No.1245-1247))


 普通であれば逢瀬を重なるにつれてそれらの認識のすれ違いは解消され、相互理解を深めていくのが常です。
 しかし人間と吸血鬼が会えて話する時間は昼と夜との境目の短い間でしかなく、また互いに恋にのぼせ上がるにつれ、どんどんと相手の正しい像は見えなくなります。


 ここで官能描写について触れてみます。
 本作では部分部分において肉感的/フェチシズムに溢れた描写が繰り返されます。ただその描写を通して露わになる視点人物の性欲もまた、すれ違っていました。
 当然ながらヨリマサは人間として、冴原は吸血鬼として相手に欲を抱きます。

 彼女は傘の柄を顔と肩で挟み、包みを開いた。柔らか白い頰に金属の棒が押しつけられるのを目にして、ヨリマサはまたゾクゾクと震えた。
    (ヴァンパイア・サマータイム(ファミ通文庫)(Kindleの位置No.836-838))

 今日もいっしょに歩いていて彼女は傘の下でのぼせていた。冷たい血液パックからではなく、熱く血を彼の血管から直接吸いたいと願った。牙で皮膚を破り、腕で締めつけ、全身で彼の体温を感じながら味わう。そのとき彼はどんな目で彼女を見るだろう。
    (ヴァンパイア・サマータイム(ファミ通文庫)(Kindleの位置No.889-891))

 

 クライマックスで互いに欲を抱いている――恋をしているという共通点を落とし所とするものの、すれ違いの解消はなりません。
 もう一歩無造作に踏み込んで、血を吸われたい/血を吸いたいというところまで辿り着くのですが、そこに共に美しく死ぬという非日常の終わりを割りこませないのが、人間と吸血鬼が普通に併存するのが当たり前の世界の結論でした。


 では結局のところ、二人は最後まですれ違ったまま歩き続けるのでしょうか。
 個人的にはそうではない、と信じたいところです。最後の最後で、あの心底下らないすれ違いが解決しかけることが留保となっている――と。


 以上。再読してもやはり面白いと感じるところは同じでしたね。

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