重力アルケミック 雑感

 重力を操作するテクノロジーが発達したが、その源の重素の発掘によって地球は膨張するようになった。そもそも枯渇しかけている重素はすべて世界の国家管理にあり重素工学は先細りつつあったが、とかく会津若松から遠くに行きたかった湯川航は大塚大学理工学部重素工学科に入学し東京での大学生活を始めることになる――

 という感じに始まる青春SF小説
 膨張したことでアメリカ合衆国は国を維持できず州毎に分裂し、東京と大阪の距離は5000kmを超えて東日本と西日本がほぼ断裂している、県外とはメールにさえ時差が生まれていると、無限に増殖する横浜駅という巨大建築物をメインにしたデビュー作とはまた別に巨大な世界を舞台としています。
 そんなちょっと現実とは変わった世界でも冴えない理系大学生は居るんですよねこれが、という内容。
 偶にレポートと試験に追われるけど時間の余裕はかなりあり、時給が安いアルバイトで日々窮々し、遊ぶため金持ちのマンションに入りびたり、悪友とアホな貧乏旅――東京から浜松へ自転車で向かう、ただし距離は3000km!――に出るとか、ちょっと良いと思っていた先輩から彼氏を含む日頃の愚痴が時間差のメールで送ってこられる対応に苦慮したりとか、はたまた学科の先輩に絶品のうどん屋を教えてもらい入りびたる。あるいはアクティブで休学しながら冒険に出掛けて名を売った同級生や超優秀な同級生に思うところがありながら、学問的な魅力を感じず熱意ないままに研究やレポートをこなす日々。
 これぞ真面目だけどだらだらしている大学生生活だ!というのを読める筆致で書いてくれるので、こういうの好きな人間としては大いに楽しみました。
 ただそれだけではなく、最初に小説で宣言される『これは僕の大学の4年間の物語だ』の後の言葉。

 この話を聞いたとき僕はすごく妙な気分になった。2004年というのは僕が小学4年生で、つまり若松第四小学校の図書室で『銀河鉄道の夜』とか『星の王子さま』とかを読んでいた頃だ。そんな事をしている間にも、10万キロ離れたところでは宇宙開発の歴史を抜本的に書き換える技術が、誰にも注目されずにひっそりと生まれていたのだ。
 変な言い方だけど、僕は「世界史」が現在も進行中だということをそのとき初めて実感した。教科書に書かれている歴史がまだ書きかけであるという事、ただ茫々と地球が膨らんでいくだけじゃなくて、まだ向かうべき先があって、世界のどこかで人類が着々とそこに向けて小さなイベントを積み重ねているってことを。
 (柞刈湯葉.重力アルケミック(星海社e-FICTIONS)(p.10))

 への接続が極めて巧みでした。
 かつて発案されて現実化しなかったテクノロジー――エンジン駆動の飛行機――の開発という着眼と誰もやっていないことをやろうとしている高揚は読んでいてわくわくしましたし、その顛末のある種の切なさと諦めにぐっときました。研究と開発ってそういうものだよなあというのを、膨張した世界でのちょっと捻ったやり方で見せてくれたのは本当に好みでした。


 唯一残念なのは印象的で魅力的なこのイラストを描かれた方がもうこの世にいないことでしょうか。


 以上。良い青春SF小説でした。

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