ゼンデギ 雑感

 イーガンによるSF長編。
 ここ最近では2018年に「白熱光」、2020年に「シルトの梯子」と読んでいるので、本当に偶々ですが2年に1冊ペースで読んでいることになります。本来なら<直交>シリーズに行く予定でしたが、気後れして単発のこちらを選びました。
 
 さて、本作はオーストラリア人・マーティンが特派員として取材に赴いたテヘランで妻と結ばれて子供を持つようになるパートと、情報科学者・ナシムがヒトの脳のマッピングを研究するパートとが交互に語られ、次第に絡み合っていくという構成になっています。
 物語が始まるのは2012年であり、脳のマッピングに使われる技術も、VRのシステムも、オーバーテクノロジーは使われません。だからこそ、本当に脳のマッピングは可能なのか、が極めて重要な意味を持ちます。今研究している方法が正しいのか、と。そして様々な研究者の数多の方法の組み合わせによって技術的に困難な壁は打破されていくし、いつかは達成されるのだとしても、"あるタイムリミット”に間に合うのか、という問題が立ち上がってきます。
 一つはナシムが生きているうちに自分で成し遂げられるのだろうかという焦り。
 もう一つは、マーティンが子供に自分を残せるのか、という焦り。
 そう、物語は、マーティンが大事な大事な一人息子を幼いうちから一人でこの世に残さないといけないと判明してから大きく駆動していくことになります。脳のマッピングによって、父として子を導き続けられるのか、と。
 その後、読んでいて子供を残して去る焦燥が如実に伝わってくるので、最初は退屈だった長々としたイラン情勢の取材描写や息子と一緒にプレイするVRゲームの描写が強い意味を放つようになる転換は鮮やかでした。書かれていることと書かれていないこと――すべての記憶と経験と判断の積み重ねが父として残したいものにつながっていくし、残せるだろうかと言う心残りになっていく。
 読んで体験する読書の時間が、大切になっていくのはなかなか得難い体験でした。テクノロジによる重みづけであり、これもこれでSF小説の醍醐味だったかと。


 以上。イーガンの他の長編のようにわなわな興奮するハードSFというわけではありませんでしたが、しみじみと良い小説として楽しめました。
 次は今度こそ<直交>シリーズにチャレンジします。

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 <同作者既刊感想>
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