穢翼のユースティア 雑感

 舞台は《ノーヴァス・アイテル》、聖女の力によって人の住めぬ大地から浮遊する都市。貧富の差が大きくなり、羽が生える羽化病が流行り、先が見えない箱庭が救世すると予言された<天使>を巡り変革していくのを描いたファンタジー
 作品が発表された際にこれまでのオーガスト作品とは隔絶したダークな設定・世界観が話題になった覚えがあります。
 オーガスト作品最高傑作と推す声もあり、気になっていたのですが、ここまでスルーしてしまっていました。ようようプレイし終えたので簡単な感想をば。
 

 さてまずADVの攻略としては『途中下車式』です。メインヒロインあるいは最終章としてティアシナリオが定まっており、サブヒロインと結ばれるエンディングを見る場合には本筋から離れることになります。サブヒロインルートは尻切れトンボと言ってしまえばそれまでですが、順を追って攻略していくのにある程度の意味があるので、基本的には降りる順番からプレイしていくのが吉かなと思います。少なくともティアシナリオは最後に持ってくるべきかと。好感度によってヒロインエンドに入る最終分岐の選択肢の出現が左右されますが、間違える人はほぼいないでしょう。
 そんなわけで個人的な推奨順は『フィオネ→エリス→聖女→リシア→ティア』。
 ここでテーマを先に総括してしまうと、≪価値観あるいは固定観念の崩壊と再構築≫とがおおよそのメインになっており、ヒロインそれぞれ内在に信念と屈託を抱き、それがテーマと関わってきます。
 それでは軽く個別ルートに触れていきます。


 最初に分岐するフィオネは堅物な役人であり、羽化病を保護する仕事に誇りを持ち、その行為に疑問を抱かない立場でした。しかし羽狩りと揶揄されるその行為の実態を知り、敬愛していた家族の顛末を知り、悲嘆にかられます。
 彼女のルートに入るかどうかのとば口の選択は、彼女が自分の手で自身の悲劇に幕を下ろすのを奪うかどうかに拠ります。そして奪った瞬間に彼女の寄る辺は全てなくなるのでした。何もないというフィオネを前に主人公はしたりと告げます。

【カイム】「自由というのは、頼れる価値観が無いということでもあるのだから」

 そのうえで自由にした責任は取ると宣言をし、

【カイム】「フィオネが新しい目標を人生に据えるまで、力になりたいと思っている」

 けっ、という気分がない訳ではないですし、後々を知れば知るほどお前が言うなと言いたくなりはしますが、置いておきましょう。
 それに主人公があの場面で彼女の代わりになろうとする気持ちは重々解ってしまっています。これ以上選択を突き付ける厳しい目に合わせたくはない、と。代わりに俺が――と。
 そこからのフィオネとイチャコラはまあお幸せにと思いますね。同棲翌日からちくちくと花嫁衣装を縫っていたヒロインはちょっと重いですが、可愛いのでOK。
 逆に言えば先に進むには、彼女にはどちらを選ぶか選択肢を投げかけ、あと俺は知らん、立派に生きてくれとなってしまうのが、先々で効いてきます。


 次いで医者のエリス。受動的に命令だけを聞いているのが当たり前であった人形のような過去を持つ彼女は、自らの意志だけで動くのは恐怖以外のなにものではありませんでした。それ故に主人公に従属するのを強制します。恐ろしいまで依存する地雷女ではあるのですが、フィオネルートでも引用したように自由に能動的に生きるのは辛いという観点が愛に芽生えると、彼女と正しく共生できるようになります。

【カイム】「お前が過去を忘れて笑える日が来るまで、俺が傍にいる」

 従属していて笑わなかった過去を忘れ、従属する今で笑えるのなら、それは良き日なのでしょう。共依存としてはある種美しい形でした。
 ここで先に進むには、彼女にはどちらを選ぶか選択肢を投げかけ、あと俺は知らん、立派に生きてくれとなってしまうんですが、あれ既視感が・・・・・・。


 さて、ここまでが主人公のカイムが最下層の牢獄民として培ったパーソナルで対応出来る範囲となります。
 聖女ルートから主人公は否応なしに物語の根幹である都市の真実へと近づいていきます。自分がそうしたいからだと信じるままに。そうして以降、丈に合わぬところへと引っ張り上げられたせいで、ぐずぐずとペルソナは崩れていきます。それはカイムという主人公が大災害によって壊れた自身を取り戻すのに必要な道程でありました。
 ペルソナの崩壊――あるいは常識の終わり。
 主人公および視点に寄り添うプレイヤはここで一度試されます。


 曰く、
  『この都市は聖女の力によって人の住めぬ大地から浮遊する』
 『聖女が祈りを怠ったから都市は落ちる』
 祈りを怠った聖女は挿げ替えて新たにしなくてはならない』
 

 ――ああ、それは、本当に?
 本当に、祈りによって都市が浮かぶことがあるのだろうか――?
 

 ここですよ、ここ!!
 信じ切っていた常識を疑わせられ、新たに真実を突き付けられる、吐き気がするような眩暈感。
 これを存分に味わえるかどうか、あるいは味合わせるような造りをしてきたと捉えられるのかが一つの関門だと思いました。これは結構難しい所です。ファンタジーな前提を作った物語の展開として、その前提が間違っていました――とするのは、よほど前提を確固たるものにしたうえで、前提をプレイヤになじませないと、興ざめにしかなりません。作者だから自由にこねくり回せるのは当然だよね、と捉えられてしまった瞬間、話の展開の蓋然性が全て瓦解してしまいます。
 個人的にはこれまで2ルートを重ねてきて、最下層で生きていくことを2度選んできたことで主人公の知覚する思考に十分に沿ってきたことを鑑みると、ある程度彼が新しい観念に出会ってしまった動揺をトレース出来たし、させられる造りだったんじゃないかなと評価します。 


 リシア。 国父を名乗っていた父を継ぎ王になるという想いだけが先行し、神輿に担がれていることに気付かず、温室に暮らしていた王女。彼女の章は、主人公がリシアを王へと導く一助となるルートでありました。
 ルートの出来と言う観点からはリシアルートがピカイチです。心理描写がここにきて冴えわたりました。
 これまでと違うところは、主人公がヒロインを選ぶにせよ、選ばないにせよ、その後のリシアにとって強い影響を与えないことでしょう。主人公は王になるまでは導いたのですが、王になってからの本当の温かみを教えたの彼女の父であり、そもそもが王になってからのことを教えられるのは彼の人しかいませんでした。
 王であることとは何か?
 主人公の答えは、荒野を1人行くのが王である――となります。故に、王となるためにすべてを誰もかもを疑えるか、と。

【カイム】  「可哀想に思う」
【カイム】  「確かに、お前が抱えているものは他の人間より重い」
 リシアが望むような愛情に溢れた平穏な暮らしは、恐らくリシアの手に入らない。
 リシアが望むような人間は、リシアの側には現れないだろう。
【カイム】 「だが、お前は王になるべき人間だ」

 それが正しいかどうかは定かではないですし、重要でもありません。
 導き手も知らず、側近も知らず、王だけが知る在り方は王になる瞬間に引き継がれたのです。

 王冠をかぶるために裏返す。
 ふと――
 内側に、何かが付いていることに気づく。

 彼女の気づいた王道に幸いあれ。
 この流れをまとめてしまえば、人それぞれには立場があり、在り方があり、その人がその人たりえるのはその人固有のものであり、共有しうるのはあやふやな想いだけ――となるのでしょうが、峻厳さと甘さのバランス感覚がこれ以上ないほど決まっており、無味乾燥になりそうな結論への持って行き方がちょっとびっくりするぐらいに自然で素晴らしかったです。
 そんなこんなで、戴冠式は感情を幾重にも織り込み、静かに見事に開花させた、歴代エロゲの中でも屈指の名シーンだ思います。
 繰り返しますが、主人公自身がリシアの温かみになるかどうかは、これからのリシアに大きな影響を及ぼさないでしょう。彼女は主人公が選ばずとも正しい道を歩んでいきます。違いを取り上げるとすれば、ちょっと温かみが強いかどうかでしょう。
 ただし、逆に言えばリシアを選んでも正しかったということになり、リシアエンドは正史としても良いような完成を得ます。裏でティアがどうなっていったかとか、彼女が枯れ果ててからどうするのと想像を馳せてしまいますが、そこはそれ。

 
 最終章――そして全ては主人公へと還る。
 ティアルートに入った主人公はこれまでヒロインに問いかけるだけ問いかけて選んでこなかった存在であり、内面はずたずたで、塗り固めた最下層民であるというペルソナは剥されて、王の横にいる者という上層の固有性も得ていません。
 そんな彼が最後のステージに来た際、今度はこれまで自らが行っていた他者への問いかけが自らの真の内面へ切実に迫ってきます。
 さあ、過去を振り切り、信じるものはほかになく、自分の意志で、世界と愛する人かを天秤にかけ、選ぶのだ、と。ただし目の前にある種正しい答えを出す歪んだ鏡を前として、ではあるけれども。
 ヒロインたちは主人公が投げかけた選択肢を選択し、己の信じる立脚点を作って、自分の人生を形作っていっています。
 そうして皆が皆答えを出していき、1人置いて行かれ、誰かを走って追いかけねばならなくなった主人公は選択肢を前に一気に――木偶の坊と化します。答えないどころか、何が問題か解らぬまま、周回遅れとなり、あっという間に弾き飛ばされてしまいました。


 ここが2度目のプレイヤが試される場でしょう。
 これは本当に自然な流れではありました。そこには反論を唱えません。内面を突き詰められることがなかった人間が突き詰められた時には判断停止するしかなく、たまさか代わりになるような歪んだ鏡があったら、それが自分だと勘違いするよね、と。
 でも自然なものが正しいと受け入れられるかは別問題です。
 私はここで「いや、確かに、それが一番納得が行く答えだけどさあ! ねえ! もっとこう、覚悟完了しておこうぜ!」と唸ってしまいました。それに伴い、この作品の評価がガタ落ちしました。ただしその評価は重ねて言いますが受け入れられるかどうかで受け入れられない――要は好みの問題です。
 作品が計算通りに仕上がり、その心理描写の間違いのない冷たさは確かに評価するべきでしょう。しかし好みでは――なかったですね。
 そしてそれが好みに合えば、その人にとっては、この作品は間違いなく心理描写に優れた傑作となりうるでしょう。 
 どちらかはまあ個人に委ねられますね。




 その他。
 背景は文句なしに素晴らしいです。人物絵はべっかんこうで可愛らしいですが、今から見るとちょっと厳しい所もあります。
 エロ。個人的にオーガスト作品のエロは肉布団と精液残留の2点を高く評価しているのですが、この作品でも同様に提供されており好みに合いました。使えるかだと、使えないかなーとは思いますが。




 以上。作品の出来は良いですが、趣味じゃなかったです。

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