彼女がエスパーだったころ 雑感

 記者の『わたし』が疑似科学的な題材を取材したり体験したりした顛末を描いた短編集。基本的にはそれぞれの短編は独立しています。
 扱っている題材は以下のもの。

【百匹目の火神】/シンクロニシティ
【彼女がエスパーだったころ】/スプーン曲げ
【ムイシュキンの脳髄】/ロボトミーに似た怒りを取り除く脳手術
【水神計画】/声かけで綺麗になる水
【薄ければ薄いほど】/レメディ
【佛点】/カルト集団

 SF/ファンタジィ/ミステリというジャンル分けは一概には困難で、ノンジャンルというのが一番収まりが良いでしょう。
 展開されるストーリーは万別で目線の変化があり飽きさせることはありませんが、根本に座するテーマはぶれることがありません。
 常に人としての倫理が問われていきいます。
 疑似科学が正しいのか誤っているのか、疑似科学を信じる信じないという単純なものではありません。
 理解できないものを前にしてどうふるまうのが正しいと考えるのか――、と。

 ……誰もが、頼まれもしないのにそれらしい正論を並べ立てていた。
 まるで、何か言わなければ自分が死にでもするかのように。
      (P203)

 往々にして締めは苦い余韻になることが多く、確固たる答えが出るものでもないのですが、問い続けること考え続けることそのものへの信頼が湧いてくる不思議な読後感でした。


 所収されている短編で一番好みだったのは【百匹目の火神】。
 火を熾す方法を知った猿のコミュニティからアグニという猿が旅をして、日本全国の猿に技術が広がった。火を使いだした猿は人間の住宅を燃やすようになり、猿と人間の戦争が始まる――
 古川日出夫めいたそんなキュートな神話の出だし、扱っていたシンクロニシティという概念が思わぬところから殴りかかってくる驚くべき事件、と短いながら幾重にも興味深いレイヤが重なり卓越した短編に仕上がっていました。


 以上。良い短編集でした。

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