日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族 雑感

 伴名練氏によるSF短編小説アンソロジー
 恋愛篇とは打って変わって異形・グロテスクが表に出たり馬鹿々々しいホラ話のような短編が収録されています。これはこれでSFの楽しみ方の一つなのだという良いショーケースでした。
 収録されている短編への簡単な感想です。
 
中島らも「DECO-CHIN」:題名のオチが酷くて笑うしかありません。今はきっと時代的にもう書かれない短編でしょう。 

山本弘「怪奇フラクタル男」:暴力団の組長に体型と相似で徐々に小さくなっていく瘤が無数に出来て曰く、フラクタル。そして体に無数に増えた瘤からとんとん拍子に導き出される理屈の馬鹿馬鹿しさよ。

田中哲弥「大阪ヌル計画」:大阪は往来のいたるところで人がぶつかりいざこざが多いため摩擦係数を0に近づけるヌルが開発され、ヌルヌルで喧嘩が起きなくなった――からなんでそうなるのというホラが楽しかったですね。

・岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」:バカ話3連発で頭がいい感じにシェイクされたところで、人が密集しすぎて足の踏み場がなく動くのもままならない世界を今度は真面目に書かれて、短いわりに広大な背景をほのめかすボーイミーツガールにしてイヤな後味というこういうアプローチもあるんだと感心しました。

中田永一「地球に磔にされた男」:ふとしたことで平行世界に移動できるようになった道具を得た男が理想の自分に合うために平行世界を渡り歩く――という内容。ネタと言い展開と言いオチと言い、藤子不二雄のSF短編のような感触でした。

・光波耀子「黄金珊瑚」:侵略物のオーソドックスなSF。出来は兎も角として昔にこういう書き手がいたんだというのは学びでした。

津原泰水「ちまみれ家族」:まさかの作者のスプラッターギャグ。これはこれで出来が良いのだからびっくりです。

中原涼「笑う宇宙」:宇宙空間なのか地下なのか、訓練なのか銀河を超える旅路にあるのか――閉鎖空間にいる4人のうち誰が正しいことを言っているか、というサスペンス。これはそこそこでしたね。

森岡浩之「A Boy Meets A Girl」:銀河をかけて旅をしてきた異形の少年の生理と衝動とこれまで脅かされてきた敵とが少女に出会うことで解き明かされる――という壮大なボーイミーツガール。非常に好みでした。

谷口裕貴「貂の女伯爵、万年城を攻略す」:貂と亀を筆頭とした異形同士の合戦の一幕を切り取ったファンタジー。長編になりそうなネタをさくっと切り上げるのがクールかと。

石黒達昌「雪女」:体質的低体温症――雪女のような存在に対して昭和初期の日本の医療レベルでアプローチするという短編。その時代で取りうる科学的な手法によってわからなさが増すことを描写する手つきがお見事。

運び込まれてきた女性は、白髪であり顔も蒼白で、体幹の硬直すら見られていたとカルテには記されている。まず脈を取ろうとして腕を握った杉田看護婦は、そのあまりの冷たさに、一瞬、既に女性が凍死しているものと思ったことを記憶している。しかし、診察によってゆっくりとした脈を触れ、胸が微かに動いていて呼吸をしているのを確認した柚木は、慌てて蘇生を試みている。柚木が後にドイツ語で発表した論文には、搬送時、女性の体温は二十四度、脈は一分間二十回、呼吸数も三回であったと記されている。女性の状態はそれなりに安定していたが、不思議なことに、積極的加温によって血圧が低下するという所見が見られた。
 (伴名練=編.日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族(ハヤカワ文庫JA)(p.341))

 この遭遇の文章の見事さに惚れ、あとはもう没頭して読み耽りました。言うまでもなく傑作。


 以上。「雪女」が気に入ったので、次は石黒達昌短編集を読んでいこうと思います。

  • Link