主人公の青年が轢き殺した少女は自分に起こった出来事を<なかったこと>に出来た。その能力がもたらす10日間の猶予で、少女の復讐を手伝うことになる――
その少女が心から強く願えば世界に<なかったこと>になる能力をガジェットに、青年と少女の犯罪同行を書いた現代小説。
痛々しいお話でした。
主人公の青年の現況――何も好きになれなかった心に従い生きてきてた孤独、何も好きになれないまま恐らく死んでいくのだろうという強い予感。
これが僕の人生なのだ。何一つ求めず、その魂を一度も燃やすことなく燻らせ、朽ち果てていくだけの人生。しかし、それを悲劇と呼ぶことは、今のところまだ許されていない。
(三秋縋.いたいのいたいの、とんでゆけ(メディアワークス文庫)(Kindleの位置No.2179-2181))
轢き殺された少女の受けていた暴力の数々――会う人会う人に虐げられてきて限界を迎える身体と心。
悪いことばかり、間の悪いことばかり起きてきた人生。いずれもそうなる筈ではなかった――という後悔にまみれています。
それでもなにかを好きになりたいけど好きになれなかったし、傷つけられたくなかったけど傷つけられるだけでした、と。
輝ける時期における人生の失墜を存分に味わってきた彼らが、偶々殺し殺されで交差してしまい、二重の意味で本来ならあるはずがなかった時間で復讐の暴力を重ねていきます。
凄惨で、刹那で、あまりにも意味が無い行為だと最初から宣言されていますし、最後まで貫かれます。
復讐がつまらないものではありません。
<なかったことにする>能力が最終的に少女の死によって解除されれば、<なかったことにされた時間>は消失し、その間にしたことは何もなかったことになるのでした。
しかし、ただ、そうするしかなかった――という彼らの同行が本当に痛ましく、心にきます。
己がする意味が無い暴力にゲロゲロ吐いて、えんえんと泣いて、でも止められない。心が削られていくし、身体も傷つく。
このそもそもが輝ける時間から失墜した人間たちへの、人生の追い詰め方は本当に上手かったです。こうなる筈じゃなかったという積み重ねに説得力をもたせるのは並大抵の手腕ではないかと。
それだけでも良いのですが、用意されていたラストがこれまたとんでもなかった。
凄惨で、陰鬱で、救いがなかった物語に降りてきた終幕はちょっと見ないぐらい美しいものだったのです。
無意味な暴力のとどのつまり、<なかったこと>になる能力の果て。カーテンコールはたしかに暗澹で、これまで以上にどうしようもなくて、――あまりにも多幸に満ち満ちた救いでした。
こういう救いの書き方があるのか、と感嘆するしかなく。
以上。かなり良い出来でした。前作の「三日間の幸福」がいまいちでしたが、作者への信頼が大きく戻りましたね。
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