君が電話をかけていた場所/僕が電話をかけていた場所 雑感

 人魚の伝説が流布される田舎町。顔の大きな消えない痣で鬱屈していた少年は得体の知れない電話からの指令を受ける。かつて救いとなった少女と再会して恋に落とせるかどうかを賭けよう、と。受けた翌日、顔の痣が突如として消え、世界が一変する――


 これまで同様に奇妙な設定・世界観をベースに、鬱屈した青年が翻弄される様を描いています。
 大きく異なっているのは鬱屈したそもそもの原因からは離脱した/させられたことでしょう。これまでは悪循環に嵌りこんだ状態で艱難辛苦した末に最後に奇跡のような救いが訪れたのですが、本作は逆でした。奇跡は前払いされ、屈折した精神はもうそうではないからそうでないように生きよと引きずり上げられます。ただしそう簡単には救われさせない、代償は払ってもらうし、君こそが救いをもたらせ――と。
 結局として嫌々よくわからないまま状況に流されながら、ただ最終目的はぶれず少女を救うための道行を読んで体験していくことになります。
 2分冊でボリュームは増えたのですが、それを感じさせずページをめくる手を止めさせないリーダビリティの高い作品に仕立て上げられていました。


 まあなんというか。
 物語の出だしに心を鷲掴みにされた時点で読者として敗北が決まっていたのでした。

 そうして、洋品店と和菓子屋に挟まれた煙草屋の前を通りかかったときのことだ。
 突然、店頭の公衆電話が鳴り出した。
 まるで何十年も僕を待ち受けていたかのような運命的なタイミングで、ベルは鳴った。
   (三秋縋.君が電話をかけていた場所(メディアワークス文庫)(Kindleの位置No.114-117))

 偶々行き当った公衆電話が鳴る。自分宛ての特別な言葉が流れてくる。
 その光景に条件反射のように震えますし、個人的にはそこにロマンが宿っていると強く感じます。
 自分が近しいシーンに初めて出会ったのは『果しなき流れの果に』あたりと記憶しますが、そういうのもう堪らないぐらい好きなんですよねえ。もうきっとそれは現役の捉え方ではないのでしょうが、恐らくこの感性をもって最後までフィクションに付き合っていく気がします。


 閑話休題
 話がそれました。

 本作はこれまで以上に複数のレイヤの収束が見事でした。
 主人公が現在進行形で実感しているのは、望むはずのなかった高校生の一夏の幸せな経験。――友達と遊んで、星を観て、花火をして、恋をする。
 皆がかつて経てきた嫌な体験が折り重なり、覚えていることも忘れたことも思い出すことも全てが意味をなし、それぞれがいまそこに立っている理由付けとなる。
 全てが関連したうえで、泡となって消えていく。
 素晴らしい物語を味わったという満足が残る読後感を含め、得難い読書体験だったかと。


 以上。気に行った1作になりました。

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