イーガンの日本オリジナルの短編集。
作者への期待値を鑑みれば当然と言えば当然ですが、全体的にリダビリティの高いSF短編が揃っていて読み応えがありました。
以下それぞれに簡単な感想を。
- 七色覚
元々持つ3種類の錐体細胞に加えて、人工網膜を変容させて更なる4種類の帯域を認識できるようになる技術を使用した人間についての話。
テクノロジを生み出した人間がどう適応するかが肝になっています。
最初は少し恐れの混じった昂揚から。七色覚を有する人間しか視認できないメッセージで集い遊ぶ幼少期で始まります。しかし徐々に大人になるにつれて、”まだ"マイノリティの彼らは自らの能力への信頼とは別に、暮らしにくさを感じていきます。
その上で人工的で先天的なアビリティを、人類へとどう次に継いでいくのか――という思索の答え。
テクノロジと人とのお手本のような作品でした。
有名脚本家を写したアンドロイドがオリジナルの死後、封じられた脚本作成のモチベーションを求め、隠された過去を追う――という短編。
アンドロイドの制限された権利、複製がどこまでオリジナルに近づくのか、オリジナルに近づく意味があるのかを絡めて、それなりに纏めていました。
出来としては普通。
- ビット・プレイヤー
重力が下向きではなく東向きになった世界に突然目覚めたキャラクタ/端役はどう振る舞うか――
起きている現象で世界を成り立たせる前提のルールに辿り着き、その融通の利かないルールを活用して世界にどう立ち向かうのかを書いています。
論理展開とルールによって生じる絵面だけで大いにエンタメするというSFらしく、かつイーガンらしい世界設定/ルールへの対応がそこかしこに感じられて楽しんで読めました。
- 失われた大陸
確かにイーガンでは珍しいかもしれないタイムトラベル物。
タイムトラベルによって難民になった少年という、翻弄される側を主役に書いています。時間移動や世界の設定は主眼ではなくあまり触れられず、主人公が能動的に外的な変化を起こしていくこともありません。他の時間軸の難民に対する数年単位隔離しながら遅々と進まない手続きによって、時間も世界も鬱々としたものだと閉じていきます。
それがリアルだったからこそあのラストが栄えるのですし、作者の現実への心情が透けてみえて興味深い作品でした。
これ以降の2編は歯応えのあるハードな宇宙SFが続き、分量的にも時間をかけて読みました。
- 鰐乗り
銀河の円盤部分は融合世界を築き上げたが、その中央は百万年もの間沈黙を守り孤高世界となっていた。結婚して10309年目となるカップルが死ぬ前のプロジェクトとして孤高世界の探索へと旅に出る――
観測し、考察し、計画を案じ、巨大な謎へと相対する。
彼らと、人類の技術を粋した弾丸は、莫大な時間と広大な空間を越えて、中央へと届くのだろうか。
飽きもせず、慣れもせず、解明へと向けて走り続けられるのだろうか。
けれどリーラの中には鋼の破片が残っていた。光り輝く空を見あげる。孤高世界はそこにあった。待ちうけるように。自分たちの前に出てこいとリーラをけしかけるように。はるばるここまでやって来ておいて、なじみ深い抱擁になぐさめられるためにぎりぎりのところで後戻りするのは、自分をおとしめることになるだろう。リーラは退くつもりはなかった。
(ビット・プレイヤー(ハヤカワ文庫SF)(Kindleの位置No.3405-3408))
森博嗣の言葉で小数点何万桁には人間性が宿ると、そこまで数えるのに意味を持たせるのは人間しかいないという意味がありましたが、SFとはある種そういう話なのかもしれません。
知的生命体としての全てを振り絞って、非生命的なまでに一つの目的を達しようと費やす――それこそが知的生命体だけがする振る舞いであり、そこにエモーショナルを感じるのもまた読み手の人間にしか出来ないことで。
壮大な希求の道行きに心震わせられる幸せさ――これぞ僕の好きなSFという感じです。
- 孤児惑星
地熱以外にエネルギー源がない放浪惑星"タルーラ"を探索する短編。
これまたSF!という面白さでした。
そもそも地熱を生体がどうエネルギーに還元しているのか。
なぜ空に疑似太陽を上げなかったのか。
自己複製子がC3メインかP2メイン、N3メインかと改変された目的は。
調べれば調べる程新しい謎が出てくる面白さはちょっと他のジャンルでは味わえない醍醐味かと。
所で”超巨大人造物や改造天体をテーマにしたアンソロジーGodlikeMachines,2010”は翻訳されないので?
以上。本短編集内の個人的なベストは「鰐乗り」で、次が「孤児惑星」か「ビット・プレイヤー」でしょうか。
さて、そろそろ積んである直交シリーズに向き合いますかねー
- Link
HP-ビット・プレイヤー | 種類,ハヤカワ文庫SF | ハヤカワ・オンライン