筺底のエルピス 1-5 雑感

 平安より異能にて鬼を狩ってきた組織≪門部≫の現代における活動を書く伝奇SF。
 作品の特色としては、伝奇設定の理屈が非常に論理に沿っています。


 鬼――次元の裏側から人間の脳へ角のような干渉端を刺し、同族殺しに駆り立てる殺戮因果連鎖憑依体。その鬼を殺すと、殺した者が今度は鬼に憑かれるという際限のない厄介な人類の天敵。
 見鬼――天眼。鬼の端子<角>を見分け、異能の制御をなす地球外のテクノロジー
 鬼を倒すための異能――停時フィールド。時空を制御する力場をベースに、効果・範囲・持続時間・形態において個々人の特色に満ちた発現を見せます。遠距離射撃、刃、爆発といった判りやすいものから、惑星の自転から運動エネルギーを奪って駆動し地球を半周するものを筆頭に際物が揃っていきます。 


 なお停時フィールドを用いて鬼を倒す封伐員も例外ではなく、倒した瞬間に鬼に憑かれ、人類への殺意に流されます。ではどうするかと言えば、1万年後に通じるゲートに鬼に憑かれた封伐員を送りこみます。1万年後は必ず人類が滅亡しており、殺す相手がいないために、役目を終えた鬼は消えうせます。それが曰く、『鬼落とし』。
 そう、この物語は人類の敗北が決定されていることを前提に動いているのです。いずれ鬼の増加数に討伐が追いつかなくなり、将来的に人類の滅亡は決まっている、と。
 しかし現在の人類を守るために、必死に≪門部≫の封伐員は鬼を狩っていく――という流れになります。


 そうした無常な世界観を基盤に、理に沿った設定を縦横に柔軟に組み合わせ、見事な物語が構築されていました。
 ミクロでは個々人の戦闘。同じもののない停時フィールドであり、自分と相手の特性を充分に解析し、戦闘の時間と空間をひっくるめた場の作り方から既に計算に入れ、欠点と隙をつこうとする読み合いとなっています。鬼をも殺す威力の異能であるため、当たればほぼ即死であり、読み負けるとさくっと死にますし、味方や主要キャラでも容赦なく脱落していきます。小単位の戦闘の準備の機微が好きなら、興奮待ったなしかと。
 組織間の抗争でも同様かそれ以上に解析が重要になっていますし、その元となる設定がしっかりとしているからこそ読み合いに強い説得力が生まれていました。
 そしてどんどんとスケールの大きい話になっていき、物語は一途に過酷なものへとなっていきます。脱落と欠落に満ち、そこまで失うのかと呻きたくなるぐらいに何もかもが死と虚無へとこぼれ落ちていきます。
 ただし、前もって一つの絶望的な希望がぶら下げられていた――というのが非常に、非情に上手い所。
 そこまで類を見ない仕掛けではありません。むしろ割りかしよくあると言ってもよいかもしれません。
 しかし、今まで物語を構築していた設定をそう使ってのけるのか――という感嘆が抑えきれませんでした。

「さあ、最終シークエンスよ。時の門は、あなたを待ってる」
     筺底のエルピス4−廃棄未来−(ガガガ文庫)(Kindleの位置No.7116-7117)

 加えてこれまで存分にリソースを割いて語ってきた『今ここ』をそう消費するのか、とも。理がかちっと噛み合い、惨劇に意味が生まれ、全体像が見えた時の興奮は今なお色褪せません。


 その理に満ちた動乱に翻弄されるキャラクタらも、コントロールしているキャラクタらも活き活きと書かれており、理に落ち込んでいるキャラクタは存在しません。だからこそ喪失が基本になっている物語において、事象の羅列ではなく、そこで生きるキャラクタにとってはリアルなものになっており、惹起される感情は真なるものでした。だからこそ読んでいて心を動かされるに足りました。
 理智によって感動を創出するという観点では一級品と言って良いでしょう。


 4巻がキリの良い所まで行くのでひとまずはそこまで是非是非。上記のような喪失の物語として素晴らしいものが待っています。
 では5巻からはと言えば、喪失の時間が一旦終われば次にくるものは決まっています。これからは再び得ていくのでしょう。その先に待つのが再度の悲劇なのか、異なる未来なのか、非常に楽しみです。
 
 
 以上。面白かったです。続きが楽しみなシリーズになりました。

  • Link

筺底のエルピス −絶滅前線− (ガガガ文庫)
小学館 (2014-12-26)
売り上げランキング: 6,716