あがり 感想

  • あがり

 院生が淘汰は個体か遺伝子か探るための実験を行った所、とんでもない結果が訪れる――。現実が新しい理論により変わるシフトを見事に文字にしている。シミュレーション系SFの快作。うずらの卵、大腸菌、妊娠した院生の先輩といった要素が一緒くたにされた手つきには声をあげそうになった。

  • ぼくの手の中でしずかに

 老けつつある30歳の数学者が恋に目覚め、ネズミには有意に寿命を伸ばしたとある減量法を行う――。ネズミの減量法の論文の前提はマクロで適応された弊害となるという、これまた理論の現実適応のシミュレーション的な面白みがあった。

  • 代書屋ミクラの幸運

 論文代書屋は退官間際の老教授に論文の代書を頼まれた。投稿先は被引用数23以上、研究内容は幸運と不運を予測する方法について――。小説としての面白味は乏しいけど、論文の書き方を描写しているのは門外漢として面白かった。

  • 不可能もなく裏切りもなく

 遺伝子間領域についての共同論文を書こうとしてたが、第一著者の条文が変更してしまい――。これまた小説としてはオチが微妙。でも研究費が乏しい中での研究材料の探し方とか、研究進捗報告とか、MRとの対応とか、研究にまつわるもろもろは面白かった。

  • 幸福の神を追う

 実験動物のリスを誘拐した院生を追え――。事態がどんどん悪い方向に転がって行ってしまう、笑ってはいけない研究室追跡物。メインのリスへの偏愛がちょっと共感しにくいし、オチも肩すかしだけど、アカデミックなブラックコメディとして最高。

  • へむ

 絵が上手い少年と永遠の転校生の少女が北の町で出会う。彼らは解剖学教室で夏休みを過ごす――。これは素晴らしい。出会いの初っ端からしてやられてしまった。人と関わりあわなかった少年の隣に座った少女はてんとう虫の絵を見て告げる。

「なにこれ。すごい、うまい」

 それが出会い。それから少女の母親が務める解剖学教室で少年は骨の絵をかき、少女は哲学の本を読んだりしつつ、人知れぬ地下道で妖と戯れます。なんて瑞々しく、爽やかな夏休み小説。結末もこれ以上ないぐらいに決まっていました。非常に大好きな短編になりました。ベスト100を組むなら間違いなくいれるぐらいです。

  • まとめ

 理系大学・研究を題材にした短編集でした。方向性が独特で面白かったですし、最初の2編は古いシチュエーションSFとしても評価出来ます。次回作にも期待します。

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