その目だれの目?
名作と名高い『シュタインズゲート』に取り掛かる前に、折良くPSP版で出た“妄想科学ADV”第一弾の本作をプレイしてみました。
- 設定について
確かに全編に妄想科学/陰謀論的要素が行き渡っていました。お腹いっぱいなぐらいに。
まず妄想科学の中心にあったのは一つの式でした。
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この式に還元される妄想のテクノロジー化と、その実践。ただそれだけに振り回された人々を描いていると言っても過言ではありません。“GEレート”“ディラックの海”“対生成”などなどの口に出すだけでわくわくする科学万歳のキーワード・ガジェットが大量に消費されて、すぱっと割り切れる――ように見えるのは爽快でした。こういった、情報の氾濫と単純な立脚に基づく仮想体系の生成は素晴らしかったです。
それに妄想科学の最大の具現である“ディソード”がこれまた見事な幻想でした。形容に“あまりにも”を多用する文章によって、尚更中二気質を心地良くくすぐられます。
陰謀論的要素も“300人委員会”を筆頭に典型を臆面もなく使うことでいかがわしさが出て、また同時にそんなことがゲーム内にせよ実際にあるという薄ら寒さがありました。それに、知られぬままに世界を支配している影の組織があり、個人でいくら言い募っても押しつぶされるだけでも、言い募らざるをえず、しかし誰にも相手にされずに動揺するという陰謀論を唱える神経質さが顕わになっていて、後述する妄想とシンクロして何とも言えぬプレイ感を与えていました。
- キャラクタについて
主人公の西條拓巳ですが、フヒヒ笑いを頻発してきちんと喋らず、いつもいつも妄想し、陰気で被害妄想満載で人の気持ちを考えず責任転換が得意というマイナス要素バリバリでした。本人は自分のダメさに中途半端に気づいていて、変わりたいと願って、結局は自分を甘やかします。全てひっくるめて、しゃきっとしろ!と説教したくなるぐらいにダメな奴です。感情移入は難しいのですが、長いプレイ時間と相まってそのダメさに愛着が湧いて――くるような、こないような。
主人公がこうなのですから、ダメさを克服する物語になるのを期待するのが人情であり、確かに克服するチャンスは何度も巡ってきます。それを余裕でブッチするのが本作の主人公のクオリティであり、プレイしていてイライラが募ります。そのプレイヤのイライラもまた作品とシンクロする大事な要素であるのが良いのか、悪いのか。ここまで不愉快なメタ的視点とのシンクロは滅多にないんじゃないですかね。
個別ルートでも、苦悶するヒロインを前にして『お前の悩みをなんてどうでもいいから自分を守ってよお』(意訳)とのたまいます。
新機軸ではありました。
しかし、どれだけ感情移入できずイライラしても、主人公の卑小な在り方自体は判らなくもありません。何せ、彼は――もとい、ネタバレになるのでこれ以上は言わないでおきます。取り敢えずは主人公がどれだけ醜態を見せても見捨てるな、とだけ。
最後の最後。
結局は主人公は主人公らしく傷つきながらも、立ち上がる――立ち上がってしまうのですから。
ヒロインたち。魅力的な性格付けなのですが、過去に壊れた経験があったり、現在進行形で壊れていたりしています。詳しくはシナリオで。
- 妄想トリガーについて
主人公の強い妄想癖がゲームのシステムと一体化しています。曰く、妄想トリガー。
折々でポジティブな妄想とネガティブな妄想のどちらかを選ぶことが出来ます。ポジティブ妄想はエロかったり都合が良かったりし、ネガティブな妄想はありとあらゆる意味で殺伐としています。一つのイベントが3倍美味しいという訳ですね。
この妄想トリガーは恋愛ADVでよくある選択肢による分岐の代わりとなっているのですが、非常に判り難くなっていました。総当りでやれば何時かは気付くレベルではありますが、攻略を見ないとしたらかなりきつい複数の周回プレイとなること間違いありません。攻略を見ることをお薦めします。見ても厄介な周回プレイとなるのですから。
- シナリオについて
咲畑梨深をメインとして3パターンのエンドがある【blue sky】ルートを基本軸に、そこから分岐する形の梨深を含むヒロイン6人の個別ルートという構成を取っています。1週目は固定であり、【blue sky】のエンドの一つがその他全てのエンドを見てから進めるグランドエンドとなっています。
個別ルート。どれもこれも妄想をフル回転したバッドエンド的なベクトルへ進みます。途中まで盛り上げといて最後でどすーんと落とすか、徹頭徹尾マイナスにかっ飛ばすか、どちらかと言ってもいいでしょう。
個人的な見所は拷問描写でした。残虐趣味かつ嗜虐趣味が真っ盛りな肉体的・精神的拷問が語りに語られ、これは酷いと眉をしかめつつ、てかてかして読まずにはいられませんでした。
グランドルートについて。これは素直に感動しました。主人公を語った際に“立ち上がってしまう”と称したように、彼は自分の――世界の真相を知ってしまうことで、更なる傷を負う事になり、その傷はそれまでの陰気な生活での傷とは質を異にして彼を死へと瀕させます。しかし、全てを背負ってリスクを承知に能力を全開にして駆けてゆく主人公はそれまでのマイナスから反転していて、しかしマイナスと地続きでもあり、だからこそ尊く感じました。
繰り返しになりますが何せ、グランドルートです。周回プレイによる長い長い物語の終わりです。ここまで付き合ってきたのだから、後は彼のか細く眩い行先を見送るだけです。驚くべきことに報い――答えは私たちは得ていたのですから。
そのヒントは最後の問答の一つにありました。
「僕は、存在する」
YES/NO
彼は写っていたのだ――
- まとめ
以上。膨大なテキストによって成立した滅法面白い物語でした。お薦めです。
その目だれの目?
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