パワーワードのラブコメが、ハッピーエンドで五本入り 1、2 雑感

 電子書籍のみで出版されている川上稔の短編集。それぞれ独立した恋愛短編小説が5本ずつ収録されています。
 
 作者はこれまで長編の中で数多くの印象的な相補性のある相方同士を生み出してきました。それは主役敵役脇役問わずであり、例えば都市シリーズでは≪救世主は運命と共にあるものなり≫というヘイゼルとベルガー、あるいは名前を失った僕と僕の名を呼ぶ君、終わりのクロニクルでは悪役の姓とマロい運・命。彼と彼女とが出会い、新しい未来を切り開いていきます。長く分量を割かれて書かれるその姿が魅力的であるからこそ、一生追う作家の1人だと見定めた所以です。
 そして川上稔の恋愛観というか、恋愛の描き方で非常に印象に残っている一節があります。境界線上のホライゾンIでのこと。少年が少女にどれだけ少女が複雑なのか、と問いかけた答え。

「あら、簡単な女の子なんていないわよ」
「ミリアムはどのくらい難しいの?」
 意味が解って問うているのかしら、と内心で首を傾げるが、口には苦笑が浮かぶ。
「女の子の難度なんて、聞いたらぞっとするわよ? 世の彼女持ちの男の子達は、相手の女の子を攻略したつもりになってるかもしれないけど、──頑張る男の子を見て、女の子が自分から難度を下げたなんて、夢にも思ってないのよね」
 (GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンI<下>(電撃文庫)(Kindleの位置No.2986-2993).)

 でも少女はこれまであったように少年の頑張りを前に難度を下げていく、と少し先の行で書かれているのを含め、すとんと胸に落ち、何年経っても心にずっと居座っています。それ以降川上稔作品においてカップリング成立をみるだに折に触れて思い出していますね。

 さてでは本作は、と言えば。
 出会いから相方になるまでのシチュエーションをこれでもかこれでもかと突きつけてきます。
 女性視点が多いのですが、その視点はべたついた感じはない爽快で豪快でどこかしらおバカなもので、ままならないままいつの間にか恋に落ちます。なんでこんな馬鹿を好きになったんじゃあとか、そんな感じにバカに惚れるバカというあの川上稔のノリを思う存分に堪能できます。
 また学生たちが出会うシチュエーションと好きになっていく過程は工夫を凝らされていて妙だし、きゅんきゅんします。
 それにすれ違いや悲しいことはちょっと起こるけど――ほら、題名通りハッピーエンドにしかなりません。
 ひっくるめて、最高にラブコメしていました。
 10本あるのでどれかはきっと好きになるというか、読み通せた時点でカワカミスト以外の何者でもないでしょう。

 自分が好きな作品を無理くりに3本に絞れば「未来の正直」、「幸せの基準」、「再会の夜」。
 「未来の正直」は漫画家志望の女の子と評論する男の子とが何故彼女の漫画のコマの感情の遷移が自然にならないか首を捻ります。そのぎこちなさが未熟さの表出となっているという在り方が綺麗でした。
 「幸せの基準」は隣でマズそうに食っている少年の弁当と自分が弁当を交換するという少女のお話。弁当の交換というシチュエーションできゅんきゅんしたラブコメを仕立て上げています。
 「再会の夜」は都会行きの電車を待つ駅の立ち食い蕎麦屋で掻き揚げ蕎麦をすすっている時に出会ったゴリラとゴリラの物語。田舎と都会、大人と子供のはざかいになる立ち食い蕎麦屋の使い方が絶妙でした。


 以上。読み通して、やっぱり大好きな作家ですねっ!と再確認した次第。

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 <既刊感想>
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  神々のいない星で 僕と先輩の惑星クラフト 上・下 雑感