11 eleven 雑感

 SF/幻想小説/戦争小説/怪奇小説/ジャンル分け困難なものを含め、多種多様な短編集。
 巧緻な幻想小説家として有名ですが、本作を一読、二読し、感嘆の一言。やっぱり恐ろしく小説が巧い。
 小説の巧拙を論じる立脚点は発想とか、文体とか、展開とか、人物とか、複雑に絡み合いますが、この作者は磨かれた文章によって作品世界に読者を閉じ込めるのが圧倒的に上手だと思いますね。最初の一段落を読み終わらないうちにその作品の世界観/ルールを自明と取るようになり、読後は消えない疵痕を心に残す――おっそろしい造りをしているものです。
 例えば、

 人間部屋もあるにはあった。二階の四畳半を女はそう呼んで、頑なに犬に踏み入らせなかったが、自分自身も出勤前と帰宅後の数分しか立ち入らなかった。ドアを玄関用の引戸に取り換えた、衣類と姿見だけの部屋である。ほかは悉く犬と共有の空間だった。
       (11所収『クラーケン』)

 という文章から始まる一連の冒頭。あっという間に女の生活と意識をさらっと刷りこませられます。そこから大型犬を飼いかえていく女を描写し続け――唐突な破綻までには、その異常な終わりが余りにも自明であるとさえ思うようになっていました。
 或いは解説にも見事と褒めてありました、最初の一遍の出だし。

 下駄屋に生まれたというくだんのために、僕らは一家総出で岩国に出向いた。もちろん買い取るためだ。官憲からの申渡しで派手な興行ができなくなって久しかったが、秘かな催しに僕らを呼びつける旦那の数は、むしろ増えていた。国じゅうが惨憺たる状態にあって、生半可な涙や笑いが受けようはずもない。人々のまなざしを爛々とさせられるのは、もはや僕らのような、圧倒的に惨めな存在だけだった。
       (11所収『五色の舟』)

 卑近で、猥雑で、でも未知へ心が躍る、始まりの言葉。
 こういう文章に満ち満ちているので、読書体験としては至上かと。


 どれもこれも甲乙つけがたいのですが、個人的に好みだったのは「クラーケン」「テルミン嬢」「手」の3編。
 2人の男女の壮絶に美しい脳の響き合いを描いたSF、「テルミン嬢」。好奇心を押さえつけられて育った少女が廃屋敷に忍び込んだことから始まるゴーストストーリー、「手」。
 取り分け「テルミン嬢」はオールタイムベストに入れても良い出来でした。
 けれども最も心を動かされたのは何かと言えば、迷わず「クラーケン」を上げます。上記で冒頭を引用した、大型犬を飼いかえる女性の破滅を淡々と描写したノンジャンル短編なのですが、研ぎ澄まされた文章で語られるその間に過ぎていく日常は、鬱々としながら全く退屈としない異様な時でした。決して、中年女からのブリーダーの少女への調教という美味しい百合に目がくらんだのでは――ちょっとしかありません。単純に歴代の犬を描いた文章さえ素晴らしいのだから手に負えません。
 そして余りにも完璧なる、最後の一文。

 あとは魔の領分だった。
    (11所収『クラーケン』)

 私は今まで何を見てきたのか――と、ここで目が覚める幸せと言ったら。極上の瞬間でした。


 以上。素晴らしい短編集でした。

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