Clear 感想

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 主人公を筆頭に出てくる登場事物たちの大部分は心の何かが欠けていたり、一般的な人間とは異なる特徴があったりするマイノリティです。そのため他人との接し方が歪み悩んだり、異物として弾かれたりします。ひいては彼らは自身で在ることを好きになれず、また誰も好きになれなくなっています。この一般社会から隔絶した状態は透明(Clear)な壁があるようと評されています。
 そんな不幸な彼らが幸福になるとはどういうことなのかがゲームの主題となっていて、決してぶれません。受け手に常に主題を忘れさせない主な理由は地の文が優しさを無くした主人公の独白であったことでしょう。
 彼の精神は全てを優しさに立脚したバイアスをかけずに分析します。ヒロインたちの不合理な行動・思想(ボランティア、誕生祝い、恋愛感情etc)は理解不能とされ、道にあった動物の死骸はゴミ捨て場にやろうとします。プレイヤ(一般的な人間)はここで主人公と乖離するのですが、主人公も乖離していることを判っています。ただでさえ自分は吸血種であり、そのうえ優しさがなく、人間になれないし、人間のふりをするのは恥ずかしい、でも――というように。だからこそ、

 人間のフリの延長はもういやだ。

 せめて。
 せめて、一度でいい。
 一度でいいから俺が俺を忘れる瞬間が来てくれ。

 というように、人並みに優しくなりたいと嘆きます。
 こうしたことを知っているのはプレイヤだけであり、ばれないようにびくびくしながら必死でその齟齬を作り上げようとしているのを知っているのもプレイヤだけです。そのため、そこかしこで挿入される、涙を流したい、優しくなりたいという言葉に感情移入させられます。
 

 次いで設定について。舞台は内陸から遙かな島と小さく隔てられていて、その中でも彼岸と此岸に分けられています。要は設定全てがマイノリティを如何にして作り出すかに腐心されています。2つの境界の在り方は良く考えられていて、懐かしい場所という噂や蛭子神社のご利益のロジックは綺麗でした。ただし立場を作るだけが重要だったようで、特徴の詳細・原因はいい加減なものです。吸血種はただ血を見ると堪らないだけですし、外見特徴も言わずもがな。まあ美少女ゲームの範疇と言えますが。
 

 シナリオについて。展開は巧い訳ではありません。素材からすると悲劇的な方向に進んだ方が残酷にまとまると思いました。けれどもこの作品は個別シナリオにおいてハッピーエンドに進まなくてはならないので、妙に収まりのつかないものとなっています。そこがこの作品が他と格別している所なのかもしれません。
 

 雑多なことに関して。絵はいまいち。ふんだんな素材による画面エフェクトは頻繁に使われるのですが、センスが悪く、ゲームのテンポを削っていました。またトップ画面の武骨なデザインはどうにかならなかったのでしょうか。


 以上が総合的な感想です。登場人物たちが苦悩の果てに幸せを掴む話として悪くはないですが、もう少し厳しめでも良かったかも。もう一度呉氏による、「何処へ行くの、あの日」のよう個別ENDでありながら、主人公を巡るありとあらゆるものものが叩き潰される、痛切で美しい終わり方を見たいですねー

 
 以下は個別ルートの雑感となります。ネタを割っている所は反転してあります。
・春乃
 人を好きなれない、という話。あえて主人公をも手遅れにさせ、1人だけ間に合う人物がいると追い込ませている所に黒い呉氏の片鱗を見ました。


・紗由
 マスコットとして祭り上げる条件って何、という話。群れる愚昧を呵呵大笑しつつ、人は独りであるという結論に至るのは好みでした。


・ののか
 人を信じることは難しいというお話。良いか悪いかはともかくトリッキーな時間操作をしていますし、蛭子神社のご利益の意味を受けた本人に知らせないこともあり、座りの悪さは天下逸品となっています。ただミスコン後の空気読まなさ過ぎの新登場には仰天しました。あのデザインはないでしょう……。
 なお、このシナリオは主人公に優しさがないことがキーキャラクタである“のの姉”を描くのに極めて効果的に利用されています。人を信じられないことをのの姉本人はある程度苦痛に思っているのですが、主人公は彼女の行動に必ず人間不信という原理を見つけ、なおかつ合理的であると肯定します。自分の命を優先するのは当然であり、そこに夫と子供がいればなおさらである、と。その上でシナリオライタは非道にも、のの姉に最早安全な位置から「悠理のよう(優しい太陽のような存在)になりたい」と言わせることで、彼女の終末を完成させています。何しろ人を信じられない彼女はもう他者を他者であると拒絶して生きてはいけません。自身は犯罪者の子供となり、子供は吸血種となるのですから。


・美姫
 人を認めるとはどういうことかが主題。認めた結果は自分に返ってくるという皮肉が猛烈に利かされています。あと主人公が吸血種という設定が一番使われています。最後のあの場面の手紙の使い方を一工夫すれば最高だったのですが。


・無月
 さえの役割、ひなの正体が割れますし、島の問題も解決に至るのでオーラスに持ってくるのがいいかも。名前が超露骨なものとなっています。恐らくはひな=日無

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 OHP-MOONSTONE


 

  • 作中の引用について

 鏡地獄→江戸川乱歩の短編
 補陀落渡海→ここの記事がまとまっていました。
 きょう、ママンが死んだ。〜→当然ながらカミュの異邦人です。


  • 情報

 攻略対象は春乃、紗由、ののか、美姫、無月の5人。ゲーム上の制限はないのですが、推奨攻略順は春乃→紗由→ののか→美姫→無月。特に無月は最後に持っていった方がいいでしょう。ヒロイン各々を終えるたびにアフターストーリー(エロ補充)が追加され、コンプすると作品全体のエピローグ「Clear」が追加されます。


 登録Hシーンは無月2(1シーンを2区切り)、ののか2、春乃2(1シーンを2区切り)、紗由2(1シーンを2区切り)、美姫2。また前述の通りASで各々1つずつ。


 なおトップ画面で暫く放って置くとOPムービーが流れます。