きつねのはなし 雑感

 森見登美彦による怪異短編集。
 現代の京都でふと魔に遭い、道が少しずれる。会ってはならないものを見てしまい、目をつけられ、闇を知って真っ当に生きていくことが出来なくなる。そんなはなしです。

「いいですか」
 彼女はゆっくりと言った。
「お礼は後日、私が直接お持ちすると伝えて下さい。あなたは何をする必要もないのですよ。天城さんが冗談であなたに何か要求するかもしれませんが、決して言うことを聞いてはいけません。どんな些細なものでも決して渡す約束をしないで下さい。あの人は少し変わった人なのです」
  (きつねのはなし(新潮文庫)(Kindleの位置No.186-189).)

 交わしてはいけない約束を交わしたことから大事な物を知らず知らずに失っていく「きつねのはなし」から始まり、どの短編も『私』の抑制の効いた語りで語られながら、現実がけものの影と匂いと共に怪異に浸食されていきます。
 どれもこれも怪談で、ちょっとしたエピソードやその時の五感は形容されるのですが、曖昧なものとわからないものはそういうもののままです。結末で破局は起こりながら、真相や相関をはっきりと語ることはなく、本当に真相や相関があるのかも定かではありません。どの短編も重なる人物や出来事が疎や密にあって、関連を妄想しようと思えば妥当に思える繋げる糸を創ることが出来るのですが、それの答え合わせは出来ません。
 茫洋とした手応えのまま読み終えることになります。
 理に落ちない――お手本のような怪談具合かと。

 どの短編は気に入っているのですが、個人的なナンバーワンは「魔」。
 最初の段落の"初めて彼女を見たのも雨の中であり、最後に彼女と会ったのも雨の中である"の意味するところが判明するクライマックスの見事さ。唐突に訪れる暴力の表現が実にキマっていました。だからこそこの短編で最初にそう嘯いた――意味は知りたいような、知りたくないような、試されるコワい短編でした。

 以上。良い短編小説集でした。

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きつねのはなし (新潮文庫)

きつねのはなし (新潮文庫)


 <同作者の既刊感想>
   ペンギン・ハイウェイ 感想
   聖なる怠け者の冒険 雑感
   夜行 雑感







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 以下与太話。


               芳蓮堂の主人   屋敷の住人  その他
 「きつねのはなし」    :ナツメ      天城     須永は地主、ナツメの先代は母
 「果実の中の龍」先輩パート:須永       ナツメ    「昔」に中学3年生の剣道少女の先生、通り魔事件中
         瑞穂パート:言及されるも不明
 「魔」          :                高校1年生の剣道少女の先生、通り魔事件中
 「水神」         :ナツメ             

 んー、やっぱり完ぺきな整合性を立てる方が無理があるじゃんという感じではありました。「果実の仲の龍」の先輩パートは他の短編で起きたか、これから起きるような予兆などで妄想されたのでしょうから、それを当てはめなければいけるんでしょうかね。