図書館の魔女 烏の伝言 上・下 雑感

 山の案内人・剛力衆はニザマの姫と近衛をニザマの人間を保護すると噂される港の元娼館へと送り届けた。しかしそれは罠であり、姫様は囚われ、人買いに売られようとする。
 剛力衆は彼らの掟のため、近衛と力を合わせて姫様を奪還せんとす――


 策謀の打ち手をメインに取り上げて煌めくような歴史の一幕を書いた前作と打って変わり、粗野だが卑ではない面々が囚われた姫様と仲間をいかにして奪回するか、および彼らを罠にはめようとしたのは誰なのかというサスペンスに焦点を絞っています。
 幾分かシンプルなストーリーラインといえども、世界史からは自由になれず、それぞれの属するによって行動の目的が規定されます。
 姿かたちは見えぬもの、弱って頼ってきた人間を売り払う、非情で非道な敵方。
 人の道に外れたものに対抗するのは――人の道、あるいは人の情で。
 つまはじきにされる剛力衆の掟は単純に言えばこうなります。仲間を見捨てない、と。

「それで一度命を助けちまったら、もう棄ててくわけにはいかねぇんだと……」
「それが山の掟ですか」
「おきてってほど大袈裟なもんじゃねぇが……要するに山じゃくたばるかどうかは手前の意気地の問題だからな、手前一人でかつかつ、いかさま他人の意気まで引き受けるわけにはいかねぇ。だから……まかり間違って人の命を助けようてぇなら、どっこい覚悟がいるぜ、とこういう話だ」
「なるほど……じゃあやはりそれだ」
「何がそれだ」
「……『一度助けたら見捨ててはいけない』……」
        (図書館の魔女烏の伝言(上)(講談社文庫)(Kindleの位置No.3137-3143).)

 その掟が刻まれた魂の輝きは偶々に彼らに味方するようになった鼠たち――ストリートチルドレンの心にも秘められていました。

「お前が裏切らないなら、俺も裏切らない。お前が見捨てないなら、俺も見捨てない。それが彼らに残った最後のたった一つの徳目なんだ、これを忽せにすることだけは出来ない」
        (図書館の魔女烏の伝言(上)(講談社文庫)(Kindleの位置No.3160-3161))

 どれだけ命の危険であろうと、どれだけ自らの命を第一にする理から反れようと、決して仲間を見捨てられないと。
 その想いの共鳴によって、危機的な状況に立ち向かっていくことになります。
 山住まいの馬鹿力と、鳥飼いのカラスを使った情報伝達と、地下に張り巡らされた水道を縦横に行き来する鼠の働きとで、敵と対抗しうるのか――
 この平凡な人間たちが苦しみながらも迷わず正しい道を行き奪還に力を費やす様は実に爽快でした。


 加えて前作でも存分に発揮された謎の提示の仕方の巧みさは健在でした。
 ――何故近衛らを陥れるのに肴ではなく、酒に毒を混ぜたのか。
 ――何故夜に鈴の音を聞いた者は死ぬのか。 
 ――「不用被奸騙。乞到/院來」という文面の意図するところは何か。
 などなど折に触れて、魅力的な謎を配置していっていました。
 また伏線の張り方と、それぞれの何気ない描写の繋がりは、気づいた時の感動が強く惹起されました


 そして唐突に現れる名探偵と、あまりにもらしすぎる来訪の理由に膝を打つのでありました。
 そこからの見事な収束と、美しいラスト。
 これぞ作者ならではという腕前でしょう。


 以上。流石に前作には幾段か劣りますが、良く出来た小説でした。本シリーズは書くのに非常に体力がいりそうですが、続編を延々と待っています。

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図書館の魔女 感想 - ここにいないのは


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