今昔百鬼拾遺 天狗 雑感

 高尾山に登ると言い残した女性が失踪してから2か月後、失踪した女性が身に着けていた衣服を纏った"別の女性"が”別の山"で飛び降り自殺した死体で発見された。
 天狗に攫われたような奇妙な事件が中禅寺敦子の元に持ち込まれ、彼女が持ち前の理性と正義感をもって解き明かしていく――

 という長編ミステリ。
 京極堂の妹・中禅寺敦子が謎解き役を張るシリーズの1作なのですが、本巻で主役なのは別の2人の女性です。1人は感性・能力共に普通だが芯に強いものを持つ女学生・呉美由紀、もう1人は筋金入りのお嬢様であり尚且つ溌剌とした魅力のある篠村美弥子。
 彼女らが高尾山で遭難した所から物語が始まります。
 そして全体の半分ぐらいまでは回想を挟みながら、遭難した先の落ちた穴の中で語り合い続けます。もとより美弥子の友人である失踪した女性と事件の話、女性を扱う時代の価値観の話、天狗の話、そして女性の同性愛の話。
 京極夏彦氏は作品内でのサービス精神が旺盛なのですが、こういう小説を書けるとは思いもしませんでした。
 女性同士の関係、あるいは百合――への目配せの色気が素晴らしい。

 空と思しき処を見詰めたまま美弥子の方に体を傾けると、ちらちらと瞬く星京が確認出来た。
 途端に、恐怖か不安か判別出来ない、何とも云えない小さな澱みが、胸の奥に涌いた。何故星を見付けただけでそんなものが涌くのか、美由紀自身にも判らなかった。
 心細くなって、指先に触れたものを摑むと、それは美弥子の手だった。
「どうしたのです?」
 体を起こした美弥子の、少し猫のような声が、耳許で聞こえた。
  (京極夏彦.今昔百鬼拾遺 天狗(Kindleの位置No.2084-2089))

 要は物語が進むにつれ、穴の中・闇の底での語り合いが募るにつれ、女学生・美由紀からお嬢様・美弥子への憧れが自覚しない心の中で濃くなっていきます。
 それをちょっとした身体描写、ちょっとした心理描写でほのめかすのですが、そのちょっとした加減が見事で、じれったさに身悶えしました。
 そうそうそれそれと頷ける百合への導入の在り方のお手本かと。

 実のところ事件の真相自体はうーんという感じですし、解決も盛り上がりに欠けて、ミステリとしては残念です。
 しかし、この2人/美由紀と美弥子の百合小説としては完結を見せないにせよ、ねちゃあという笑みを浮かべて楽しめる作品でした。今後も折に触れて絡んで欲しいところです―――どうか幸せな形で。頼むから死なないでくれという祈りと共に付け加えておきます。


 以上。京極夏彦の百合ミステリという前情報通りの作品でした。

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今昔百鬼拾遺 天狗 (新潮文庫)
京極 夏彦
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