柊鰯 感想

 同人ゲームシナリオライタの元に中学生の少女がお手伝いさんとしてやって来た――

  • シナリオについて

 そういう夢大爆発の冒頭。三十路半ばの同人シナリオライタが起きたら、こけしのような美少女が居て魂の抜けた空ろな目で見下ろしながら「起きて下さい。お掃除が出来ません」と言ってきて驚くという流れとなっています。ナントまあ。
 ・・・・・・まずは我慢成らないので浅い所から行きましょう。具体的には柊さんの可愛さについて。やってきたお手伝いさんの柊さんは悶絶するぐらいに良い娘でした。作るご飯は美味しく、経済的に財布のひもを握り、気が利き、気立ては良い。非の打ち所がありません。
 そんな彼女と暮らし、朝昼晩とご飯を作られ、お掃除され、寒いときには一緒に引っ張り出した火鉢に当たるような、なにげない日常生活を過ごします。
 或いはお正月とか、地蔵盆とか催事に一緒に参加して地域に生きることを知ります。
 はたまた夏コミ・冬コミの制作で煮え詰まる最中にお世話になりっぱなしになるとか、現代ならではのイベントに関わったりします。
 ひっくるめて、柊さんと生きていきます。
 それがなんと尊いことか。


――そこに、柊さんがどうしてお手伝いをするようになったのか、という話が関わります。 
 柊さんが出てから直ぐに解かれますので言いますが、彼女は"北の町からやってきた"――震災により家族も家もその地での何もかもを無くして、彼の家にやってきたのです。最初に魂が抜けていたのはそのためで、でも役割をこなして、何気なく彼女の薄い殻の一枚を壊して普通に接するようになり、彼の家では彼女は自分を取り戻しました。けれど、けれども、今も尚各地で抜けないように、縁の無い新しい地域では彼女の生は偏見に晒されます。横にいるのは頼りない同人シナリオライタで、頼りない同人シナリオライタでも隣に居るのでした。

 僕には社会を変える力は無い。

 でも小さな家で共に生きていくことは出来、そのためには少しだけ外に頑張れます。始まりの言葉は、線路を隔てて夕日に向かいながら告げられます。

「帰りましょう」
――家に。

 家があるから彼と彼女は頑張り、頑張ったように世界は優しく応えます。
 それは祈りのようで。皆幸せでありますようにと。

 
 こうして柊さんの新たな家は成った上で、彼女に改めて"選択肢"が提示されるのが試練ではあるのでしょう。ここは具体的に言っては興ざめなところなので言いませんが、極めて容赦なく人生を決定づける代物でした。お腹がねじれるような、頭がはち切れるような想いの発露の連続は流石としか言えない心理描写でした。
 震災を題材にした物として見事でした。

 
 そして最後に同人シナリオライタに突きつけられた"選択肢"は上記の柊さんの選択肢と程度の違いこそあれ、人生を選ぶ物として対になり重要でした。
 三十路半ばの情けない同人シナリオライタの選択肢――筋違いになりますがそれにしてもなんと羨ましいことか。彼の周囲には、柊さんのことだけではなく、彼の作品にべた惚れして同人ゲームサークルの折衝役となり陰に日向に貢献する、粋の良い美女が先に居たのです。彼女からはおいこらと言いたくなるぐらいに好意が透けていますが、彼女は自分が紹介してお手伝いをすることになった柊さんのことを好んでいて、3人で食事したりと最後の最後まで平穏に過ぎていきます。ただ、柊さんの"選択"により、バランスが崩れ、3人の平穏は終わりを告げるのです。
 やってくるのは、The 修羅場。ほのぼの日常物、震災物の顔を見せ、最後には極上の三角関係が姿を現しました。このヒロインを"選択"しなければいけない場は三角関係スキーにはたまらぬ感じでした。
 なにせ、美少女中学生とスーツ美女の修羅場です。
 加えて、閃光のようなビンタ合戦。
 ――甘美過ぎて絶頂でした。
 そして振り返ってみれば、唐変木による、2人の女性の心理的負荷のかかりようを把握するのが実に香しかった。スーツ美女の送った花に水をやる柊さんでご飯3杯は行けますね。


 そんなこんなでそこまで長く無いながら、みっちりと詰まった秀作でした。丸戸作品好きの方はこのシナリオ楽しめるに違い有りません。

  • 絵について

 これはもうご覧じろと。ありえないぐらいに美麗でした。
 絵師さんは黎明紀行 Nakabayashi ReiMei Illustration Sanctuary.の方。
 DiGiket.com 【 柊鰯 】内のサンプル3枚目の、うなじを見るだけで判るでしょう。凄いです。
 しかもこれが序の口。作品内でとんでもないクオリティの絵がこれでもかと披露されます。

  • まとめ

 以上。ここのサークルさんは大好きなのですが、今回も大層面白かったです。絵買い、三角関係好きなどなど間口が広いので、初めての方にもお薦めの1作かもしれません。

  • Link

 人形城奇譚