天涯の砦 雑感

 地球を周回する軌道に浮かび観光施設からホテル・工場まで内包した複合体<望天>が大事故を起こし、北極に位置する円盤が崩壊した。円盤から切り離された残骸の中に幸運にも数人と1匹の犬が生き残っていた。彼らはそれぞれの目的のために生還するために行動していくが――

 という冒頭で始まる、大事故からの決死のサバイバルを書いたサスペンスSF。
 作者・小川一水さんによる娯楽SFの打率の高さは今更言うに及ばずですが、本作もまたノンシリーズのSF長編としてページを捲る手が取らない面白さを備えていました。
 何故北極円盤が崩壊する大事故が起きたのか――という原因のシンプルながらありえなくはないと工学的な問題で膝を打ち、生き残った人々の群像劇にはらはらとしていきます。一歩間違えれば真空に曝されて死ぬ極限の環境で人が翻弄されて弱りながらも理性と技術でどう立ち向かうかをあくまでほぼ起こりえる物理現象に基づいた上で明快な文章で書かれては、そりゃ引き込まれない筈がなく。そこかしこで置かれるタイムリミットや障害も上手い具合に設置されておりだれることもなく、最初から最後まで満足して読み終えました。

 そしてやっぱりSFは絵だ、という文章がほんと好きです。
 序盤の一つの山場を越えた後の、些細な描写なのですが身震いするほど痺れました。

 ――窓があったよ。
「窓?」
 ――この通路の鴨居に沿ってね。鴨居というと変だが、壁の上端に沿って採光用の細長い窓がある。外が見えるんだ。いや、これがなあ……。
 今まさにその窓を覗きながら田窪がしゃべっていることに、二ノ瀬は気づいた。何か底知れないものを見て、感極まったような声だった。
「何が見えるんです」
 ( 天涯の砦 (Kindle の位置No.1300-1304). . Kindle 版.)

 存在しないものを、或いは未だ見ぬものを描写する――こういうのを読みたいからSFを読んでいるのです。


 以上。楽しく読める良いSFでした。

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