私は唯一の安らぎであった兄に恋をした。
そして母が死んだ16の冬
私は兄と寝た。
(上 P8-9)
本作は作者の同人誌で展開していたシリーズに書き下ろしを付け加えてまとめたものになります。
中身は冒頭で引用したように、実の兄妹で恋に落ちて身体を重ねた伊坂兄妹と、その2人に関わった人々の物語です。
伊坂兄はメガネイケメンで、出来が良くかつ社交性があるが壁を作るタイプ。成人では銀行で勤め、本社に栄転になる予定の優秀な人材となっています。伊坂妹は自らの感情・感性にのみ沿って動くタイプで、成人では売春しながら金を稼いで兄と暮らしています。そんな2人がお互いに溺れながらも、兄の決定的には外部と切れきれない常識人の面が破戒に至るまでを防いでいます。
実の兄妹の恋愛という話のネタといい、絵やコマ割りといい、序盤はどこの白倉由美や榎本ナリコなんだろうという感じでした。それに伊坂兄に恋する同僚とそれを応援する同僚も実は恋していた――みたいなトレンディさといい、うーんと読んでいて悩ましいのは事実です。けれどもエピソードを重ね、次第に登場人物に奥行きが出て、兄妹以外の登場人物通しの関係が描写されるにつれて独特の面白さが出てきました。
決定的だったのは伊坂兄の恋を応援していた年上の同僚・海老沢さんのキャラが立つようになってからです。最初はどういうことだか伊坂兄に強姦されても姉的に許したりと都合が良い女過ぎて印象が薄いのですが、兄の仕事場での描写が増え関わることが多くなってから都合の良いだけから一変し、一気に魅力的になりました。
強気で意地っ張りで、金好きで、あけすけで、上昇志向が強くて、根が可愛い、29歳の美女。素敵です。
そういう彼女が否が応でも伊坂兄と関わり合い、伊坂兄の心情に触れ、べったり付いていた妹が家出したことで共依存を無理矢理剥がされて、大事な何かが瓦解していくのを理解してしまいます。
成人し外面が完璧過ぎて誰も気づかないものを彼女だけが、特異な立場から知ってしまうのです。
・・・だからお前は馬鹿だってのに
気付けばどうやら奴のそういう所が目に付いて仕方が無いのは私くらいのもんらしい、
・・・やだなあ、皆も気付こうよ、奴の化けの皮――・・・
(上 P245-246)
当然のように誰も気付かずに、伊坂兄の心にかつて近づいた者達は皆それぞれの幸せを見つけて別れを告げ、彼だけが一人残されていきます。
救い手は素直になれず、
救われる方はかつての襲ったという罪を酬いとし、実妹との感情の縺れをあえて拗れた方に向かっていき、
俺といると眉間のシワがとれなくなりますよ?
勿体無いでしょ
・・・・・・折角かわいいのに
――それじゃ
(下 P148)
約束された、かつて堕ちるはずだった場所へと終わろうとしてしまいます。それは物語的にも綺麗で平凡な堕ち所ではあるのですが、ただ幸い/残念なことに、普通の生活をし続けられた常識人のフックが最後まで現実へと押しとどめます。
伊坂兄のそうした選択をそうだ! そうしかない!と肯定させられる、全てを現実へと押し戻した海老沢さんの在り方に感謝を。切り込むような理解と、怖じ気づいたような振る舞いと、それでも踏み出す一歩――物語の素直な流れを歪ませながらもそうであって良かったと思えるように進めるきっかけとなった人物でした。
そのように描いてキャラを立たせた作者もただただ凄いなと思います。
そして書き下ろされた、蛇足としてのおしまいに震えました。私が追い求めた究極のラブコメがここに。
ああ
もうダメだ
海老沢さんがとうとう選択した覚悟の表情は長い物語を読み終えたご褒美として取っておきます。
以上、デビュー作ということですが、心を鷲掴みされました。大好きと思える作家がまた一人増えました。
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