田舎の町"とうかんもり"に伝わる『腐り姫』の伝承――赤い着物の女童が人を望みを叶えて腐らせて喰う。
記憶を失った主人公は過去を追い求め、故郷の"とうかんもり"に帰郷する。
そこで腐り姫の女童に似、また亡くなった妹にも似た『蔵女』を拾って以来、終わりのない時の迷宮に巻き込まれていく――
8月11日に始まり、終の8月14日に赤い雪で世界が閉ざされるまでの4日間を繰り返す伝奇ADV。
ループを重ねるにつれて世界は少しずつ違った様相を呈しながら壊れていく。そして同時に主人公の中に周回の知識が積もっていき、隠されていた真実が明らかになっていく――というオーソドックスな作りです。
ただしオーソドックスは言え、本作はADVとしての練り込みが尋常ではありませんでした。
練りに練られた結果として、全体像の美しさという点で余人の追随を許しません。
美しさ――曖昧で、感情に舵を振り切り過ぎた軸での評価になってしまうのですが、このゲームに関して言えば私にはそうと評するしかなく。
記憶喪失者が過去を追い求める旅として始まった物語が、田舎町の伝奇として始まった物語が、わけのわからぬアクロバットを見せ、あらぬ着地をするためには、これ以上ない――少なくともこれ以上ないと思わせるに足る――作劇になっていました。
そこまで長くないプレイ時間であり、4日足らずの1回のループも文章量は多くありません。にも拘わらず、1回のループが終わり、ふと気づいたらあらぬところに連れていかれており、根本で何かが劇的に変わっていきます。同じ風景、同じ人間、同じ言動でも、ゲーム内であまりにも軽やかに新たなる真実で上塗りされ、そのことを知ってしまったが故に、かつて見たものは同じ様な心象を結ぶことはなく、全く異なる理解をすることになります。
また捨てた時間となる無駄なループ/時間経過はなく、いまここで起きることには必ず何らかの意図が込められています。
そうして時間・画面変遷などをひっくるめたプレイヤのプレイを明晰にコントロールする構造は、全てを記憶に残らせながら、無駄な情報でプレイヤの理解をぶれさせることはありません。そのため、劇的な変化を目の当たりにしても決しておてきぼりにされることはありません。
さてADVと言いましたが、本作は当然のことながら文章だけではなく、声、背景、立ち絵のトータルで物語を表現しています。トータルコーディネートが大成功しているが故に、シナリオだけが素晴らしいというイメージを全く抱かせません。
背景を後ろに出させて立ち絵を大きく重ねる通り一遍な画面だけではなく、背景の中に立ち絵をはめ込むことでその時点のビジュアル上の理解をより増すようにしています。道のどこを歩いているのかとか、喫茶店にどのように座っているのかとか、自宅で誰がいるのかとか。
作画の発想としては新鮮ではありませんが、巧みに使うことで大きな効果を発していました。
例えばこのシーン。
――蔵女の姿はない。
のではなく、主人公には"見えない"。
文章でごてごてと言わずとも、如実にその不気味さを伝えられていました。
そしてそもそものイメージが端的に素晴らしい。
赤く雪に染まる世界。
そのなんと、美しいことか。
このイメージをきちんと目で見てわかるように表現される時点で、作品として成功が約束されていたとまで言いたいところ。
シナリオ自体に関しては事細かに語っても興ざめなので簡単に。
個人的に一番はっときたのがラスト、円環になるための選択です。ループ物は起源に戻って物語の幕が下りる円環構造になることが往々にしてあります。本作でもあるエンディングでそうなのですが、その選択を選ぶ発想は選択を提示した存在にとって全くの想像外のものであり、本来なら大逆転になるかもしれない在り方なのが辛かったです。はじめに戻る――それはそれで綺麗で正しいのですが、再度待ち受ける苦難に心が痛みました。
あとクロに気づく周回にぐっときました。
以上。傑作でした。
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