ある秋の卒業式と、あるいは空を見上げるアネモイと。 感想

 「いつか、届く、あの空に。」のシナリオライタのオリジナル小説の2作目です。
 前作の感想はこちら→ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。 感想 - ここにいないのは 。ただし、何分2年前の作品のことなので内容は殆ど忘れていますが、それを考慮しても我ながら何を言っているのか判らない感想なのでそれを踏まえてお読みください。
 

 さて、本シリーズの主人公は日輪(たちもり・りん)という少年です。とある過去の屈折から何に対しても斜めに構えた態度を取っていたのですが、前作で神・アネモイによる『お見合い』によって幼馴染との仲が成就し、素直な心を取り戻しました。それまで今までの不義理を悔い、人との関係の取り方を改めて積極的に関わろうとします。それでまず最初に、幼馴染に与えられた使命のこともあり、嘗て共に暮らした義理の姉妹の住む街・川海町へと向かおうとする、というのが本作の冒頭となっています。


 そして素直になった輪は川海町で最大の敵と出会うことになります。
 名前は日黄(たちもり・かつみ)。義理の姉であり、久しぶりに会った輪のことごとくを潰そうとします。輪は前を向いて生きるのは間違っている、まともであってはいけない、成長してはいけない、と。
 具体的には計算尽くされた甘やかしで飛ぼうとした輪を堕とそうとします。その熱意、その計算は恐ろしいものがあり、ビョーキが高じて在り方に昇華しています。

「そうじゃなくて、喋る時はもうちょっと小さい声でもいいかな」
「え?」
「聞き返して、初めてまともに聞こえるくらいで。滑舌もそんなにしっかりしなくていいんだよ」
「え……と?」
 ……なんの話?
「それから、さっきの謝り方だとすごく誠意を感じちゃう。謝る時はね、もっと口篭った感じで、言い訳がましく。どれだけ正しい理由を言っても相手が言い訳としか受け取ってくれなくなったら、完璧な仕事といえるんだよ」
 (P20-21)

 折々でこんな感じに前向きにあるのを叱ってくれます。小物でいろとか、厨二を悔いろとか、関白亭主であれとか、操を立てず女を孕ませまくるハーレム王になれとか。そう、性概念の飛びようは実に新しいものでした。端的な台詞はこちら。

「だってほら、女なんてみんな輪ちゃんの子供を孕むためにいるじゃない?」
「………はい?」
「だからいちこちゃん、練習相手になってあげてよ」
 (P90)

 恋に狂する乙女なお姉さまはかくあれかし。また当然のように家事は完璧であるのもマーベラスです。最後の最後で明かされる努力も筆舌に尽くし難いものがあり、曰くつきにキャラ立ちまくりです。その在り方を見るだけでも本書を読む価値があるとさえ言いたくなるぐらいです。
 や、まあ、当然朱門作品ですしそれだけではないですが。


 メインストーリーはお約束のように、神と人、神と神の関係について饒舌に語っています。語ることで、海神、綿津見、あめつちのはじめetc、特に水に纏わる古代史に関する知識を縦横無尽に解釈して伝奇とし、オリジナルの設定で貫き、独自の神話世界を構築しています。そこに流れる論理は一貫していて定義――例えば神や人――がぶれることはありません。だからこそ神が在る世界で生きる人としての在り方、尊さを書けているんじゃないかなと思いました。
 ただ朱門作品の常のように、単語一つ一つ、文章一文一文が深く相互干渉しているため、読み解くのは相変わらず一苦労です。なお個人的な知識がないこともあって、更に色々と難儀しましたが、例えば長 恨 歌(27) の黄の項目や、キリンソウ (黄輪草)(ベンケイソウ科キリンソウ属) などを参考させていただき理解の助けとしました。


 他には陛下かっけーとか、邪魔しに来た人の出番あれだけーとか、それぐらいで。
 

 以上。キャラ、設定共に朱門ワールドを楽しめる一冊でした。内容からすると少なくとも後一冊、題名からすると2冊は続きそうな感じがします。今度は2年以内に出て欲しい所ですが、どうでしょうかね。

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