兄の嫁と暮らしています。 1-10 雑感

 女子高生の岸辺志乃は幼い頃に両親が亡くなり、ただ一人の肉親の兄も志乃が高1の時に死んだ。身寄りのない志乃は兄の嫁と共に暮らしていくことになる――

 片や近しい血縁関係者がいなくなった志乃と、片や結婚後早くに未亡人になった希との同居生活を描く、ホームドラマ物の長編漫画。
 
 49日を超えて彼の人が死んでもう二度と会えないのだという実感が確かになるにつれて湧いてくる葛藤と、その克服がドラマとなっています。
 本来なら他人同士で結び付けていた人間がいなくなった後に、いつまで同居生活を続けるのか。
   ――志乃が一緒にいたいのか、希がいて欲しいのか。
 同居するにあたってどういうスタンスで暮らしていくのか。
   ――志乃は迷惑をかけたくなくて、希は迷惑をかけてほしくて。
 志乃にとって希は義姉になりうるのか。
   ――志乃はお姉さんと呼びたいのか、希は呼ばれたいのか。
 希はいつまで操を立てるのか。
   ――志乃は新しい幸せを見つけて欲しいのか、希は見つけたいのか。
 お互いに思いやるからこそすれ違うこともあります。ただそれでも、彼女たちの生活は慎ましく穏やかで、周囲の支えもあって笑いが戻り、楽しいと言えるような日常を過ごしていくのは読んでいて嬉しくなるものでした。過度に自立しようとする志乃が眠かったり弱ったときに出る甘えたにほっこりしたり、しっかりしてそうな希のおっちょこちょいな姿に笑ったり。

 でも当然ではありますが、心の底では凍える想いと実感への忌避が渦巻いているというのが、志乃と希の解消できない屈託であり、シリーズに寄り添う不安と不穏でした。
 兄/夫――最愛の人の死にどう向き合うのか。
 志乃と希視点でそれぞれの思いや悩みを日常の折々など散々に語ってきて、隠したどろどろしたものも判るのですが、志乃のある種の空回りがどこからくるかははっきりと明言されず、希が思うところは最後の最後までは踏み込まれません。
 ただ8巻において先に、志乃は直視する機会を得てしまい、それまで自分が考えてきたことと行動で何が欠落しているかを知り、ようやく自分の折り合いをつけました。
 そうして彼女が先に兄の死を心に収め、同じ人物を愛して残された希への思いがゆっくりとではありますが落ち着いて冷静になっていきます。
 それでも希がしっかりと隠すものですから、本当に望むことはなかなか明らかになりません。
 ことようようにして10巻において、志乃が希が1年越しに遺品を渡されたときに実は喜んでなかったのではないか――と思い至り、希がひた隠す思いの前に立つことにより、ようやく希の本音がぶちまけられます。

「やめよ?
 言ってもしょうがなくない?
 やだよぉ
 考えたくないよぉ・・・」
  (兄の嫁と暮らしています。 10、kindle No.143)

 希が何を言いたかったのか、何を考えていたのか――志乃に何を望むのか。
 明らかになる一言が零れ落ちたのは、心震える瞬間でした。10巻までの積み重ねがあり、自分が読者として読み込んできたことと読み落としたこととが混然一体になったあの感動はそうそう味わえるものではなく、このシリーズが個人的に一生残るものになった次第ですね。

 あと画としては表情の機微がうまく、心理描写が重要な本作において抜群の威力を発揮していました。


 以上。傑作。読み始めたら10巻までは最低限読むべきかと。

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