白熱光 感想

 百万年間以内でカタログ化されていない未知のDNAで汚染されたメテオはどこからきたのか?
 〈白熱光〉に浮かぶ岩石に囲まれた世界で『重さ』に興味を持った一人の変わり種が打ち立てた物理法則を記述する原理は正しいのだろうか?


 そんな、銀河を股にかけてメテオの出所の探索から始まる章と、世界の在り方を説明する原理の発見から始まる章とが交互に語られるハードSF。
 自分には歯ごたえがあり過ぎて、2週ぐらいかけて読破しました。

 
 銀河と、岩石世界内と、場所のスケールの違いはあるものの、基盤となるものは論理と仮説と実践。目的を定め、目的に向かって試行錯誤し、そして目的が正しいのか問い直す――その繰り返し。
 それはさながら、定まった道のない旅でした。
 具体的に言えば、"重さ"とは何かの原理/定義を提唱し、石の動きの実験で観測し、その動きを記述するテンプレートを作成し、ミクロもマクロも説明でき、引いては世界の環境をそのルールに則って『調節』出来るようにするのが最終目的。理論家が論理に淫しながら、実践屋が頭でっかちをきらってガジェットを生み出しながらも、皆目的だけは違えません。なにせ原理を提唱したはじめの人の直観はこう囁き、そして導きだした原理が肯じていたのです、――かつて世界は一度"重さ"によってねじ切れた、と。故に世界を救うためには、正しく理論を完成させなくてはらない――。
 あるいは、既知に飽き飽きした面々が百・二百光年の距離を何百年かけて移動しながら、未知のDNAの親世界を探し、その過程で想像外にあった新しいものに会っていく――


 いずれにおいても、旅路が進むにつれ、未だ見たことがない景色を目の当たりに出来る立ち位置を得ていきます。
 文字通りの、未知の光景。

視野のスペクトルを赤外線とマイクロ波の帯域に変化させて、苛烈な星々を薄暗くし、その星々を取り巻いている、もっと繊細で微細で拡散した構造に満ちた、ガスと塵でできた異様な世界の姿を浮かびあがらせた。数千歳の超新星からのプラズマの殻が、スローモーションの打ち上げ花火から流れてくる煙のように空間に漂う。銀河面に対して垂直に整列した半ダースの輝くフィラメントが、磁力線沿いに渦を巻く電子のシンクロトロン放射に輝く。銀河中心をまわる幅十数光年のガスの輪から、シュールレアルな二重螺旋が天を横切って伸びている。周回するガスにつなぎとめられて撚りあわされた磁場、その中の波に囚われた塵の赤外線の輝きだ。
    (白熱光(ハヤカワ文庫SF)(Kindleの位置No.3221-3227))

 或いはかつての常識を打ち破る、物の考え方。

 ザックが成功したことに、ロイは気づいた。たったひとりきりで、チームメイトなしに、言葉と、数個の装置と、いくつかの単純な発想だけしか使わずに。
 ロイがエッジの農場に戻ることはないだろう。ザックは彼女の忠誠心を乗り換えさせていた。彼は彼女をリクルートしたのだ。
    (白熱光(ハヤカワ文庫SF)(Kindleの位置No.1450-1452))

 難解さに眩暈がするものの、論理によって全てが説明可能でありながら未知を呼ぶダイナミックな展開は、甚だしい理知的な興奮を呼ぶものでした。
 もう少し大きい範囲で読者として言えば、これはニュートン力学から一般相対性理論までを人間世界と全く異なる特殊な状況において如何にして成立するかという思考実験である――という気付きや、中盤において"とあるもう一つのメテオ"の発見によって2つの章がどのように関連するかがおぼろげながらも予測がつくようになって拡張される物語に対する視野にも、ぞくぞくきました。


 以上。読み応え充分すぎましたが、耐えながら読み切って良かったです。さて次はクロックワーク・ロケット以降の3部作にチャレンジです。

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