少し感想を書いてみたものの、この小説を言い表すのに上手い言葉は出てきませんでした。
一言で言えば、問答無用の傑作です。
未読の方がもしもいるのであれば、どんな小説か、何が起こるか知らないまま是非読んで欲しい。
素晴らしいものを読む悦びが貴方を待ちかまえています。
なお以下、いつものように書いた絶賛ポエム。
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多島海の海峡近辺の国家が所属する海峡間同盟市。その最大の覇権国家・一ノ谷と、対立し切り崩そうとする帝国・ニザマとの間では戦雲がたれこめていた。
高い塔の図書館の『魔女』マツリカは一ノ谷の外交方針に強い影響力を持ち、ニザマに対する策略も練っていた。ただマツリカは口が利けず手話で伝達をしており、彼女の手助けするため山里から少年・キリヒトが付き人として呼ばれた。
キリヒトとマツリカが夜の闇に満ちた図書館で出会う時、物語が始まる――
この小説はどこもかしこも非常に練られており、縦横無尽に伏線が張られています。
些細な日常から大局まで謎と仕掛け、策略と謀略に満ちていました。
あんなちょっとした動きにそんな意味があったのか!とか、こんな短い台詞からとんでもない結論を引きだすな!とか、繋がりの妙味を思う存分に味わえます。
そうした発想と物語の全ての基盤にあるのは「言葉」でした。
「言葉」、一つは言語として。多民族・多島では多言語が発達し、同じ言語内でも地方によって語尾や語彙の差が出たり、商人間での省略に満ちた特殊な変化があったりします。その異なる言語のロジックがトリックに取りこまれ、齟齬と無理解を解くことで、異なる言葉を使用しなければならない『人間』そのものへの理解へと繋がっていきます。
もう一つは、意を表すという概念的なものとして。マツリカが口で話せず手話を用いているが、手話は音声言語の代替ではなく、きちんとした体系の言語であるということを筆頭に、そもそも人から人に意を伝える方法としての「言葉」とは何か――が折に触れて問われています。
小説だからこそ、文だからこそ出来るそれらの機微を十全に表現しているのだけでも素晴らしいのですが、その表現は素敵で詩的な描写に満ち満ちているのだから堪りません。
例えば声を出せぬマツリカと、キリヒトの出会いの場面。
マツリカはいきなりこう切り出し、
涼やかに指を鳴らして、左手がひらめきます。
──この音を覚えなさい。この音はお前を呼ぶために鳴らす音。この音が私がお前につけた名前。私がこの音を鳴らしたら、お前は名前を呼ばれた者がきっとそうするように私の方を向く。
(図書館の魔女第一巻(講談社文庫)(Kindleの位置No.808-810))
キリヒトを意味する音がその瞬間世界に生まれた――。
名を交換する初対面のなんと鮮やかなことでしょう。
ここで物語に痺れ、以降痺れっぱなしでした。
なにせ次にきた短い台詞への解釈が、これまたとんでもなかった。
魔女と少年の地下水道の探検というそれ単体でも楽しい行為の途中で、彼らは偶々食堂で泥で汚れた馬方2人を目にします。彼らはとすれ違ったときに片方の人物がこうひとりごちます。
偶々耳にしたこの台詞。嵐による土砂崩れで道が通れない状況と知った後での言葉であり、全く気に留める筈がないものでした。
しかし――
そう、しかし言葉を良く知る図書館の魔女にとってはあまりにも重要な言葉となったのです。
その言葉を文言と状況から考察し、背景にあった壮大な謀略を推定し、逆手に取って有利な手を打つ――その一連の流れ。いやはや、知的な興奮があるとすればここにあるぞ!と叫びたい、あまりにもとんでもない知的作業でした。
そこから一気呵成に国家間の問題へと切りこんでいきます。
只管に戦乱を起こさせないため、戦略をたて、成立させるため言葉を尽くし、最後の最後まで目を離せぬ、論理の攻防が紙上を埋め尽くします。
戦わないこそ最上とはよく言いますが、こういう戦記もあるのか――と膝をうちました。
偶にある活劇もロジックに基づいた作風から浮かない良く出来たアクションになっていました。
また敵方の『ミツクビ』の異様な設定はちょっと類を見ない発想かと。良く考え付いたなあと感嘆しきり。
物語の締め方も極上ときます。
瑕がどこにあるのかと首をひねってしまいますが、まあ偶にはこういう化物めいた作品が生まれてもいいんじゃないですかね。
以上。迷うことなくオールタイムベスト級の傑作に上げます。
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