ワイオミング生まれの宇宙飛行士 感想

 『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』をようやく読み終えました。これで時間SF傑作選の『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』、ポストヒューマンSF傑作選の『スティーヴ・フィーヴァー』ときて、SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーを全て読破したことになります。河出文庫の20世紀SFといい順調に積み読むを消化してきているので、このままペースを上げていきたいですね。
 それでは各短編毎の感想をば。

  • 主任設計者

 いきなり大当たりでした。大傑作。読めて幸せレベル。
 「コロリョフ」「コロリョフ」「コロリョフ」。ロシアの鉱山で一心につるはしを振るD327号に連呼される名前であり、『反動装置による宇宙空間の探索』を見せることでようやく彼は自身=ロケットの設計者を取り戻す――。
 そう、この短編はコロリョフというロケット設計者を語ったものです。エンジニアとして生まれ、計算尺とペンで頭脳のみを空へ向かわせた軌跡を物語るものでした。
 その軌跡の過程で宇宙飛行士をマイク越しに救い、深夜に志を同じくする部下とテクノロジーに関して思う存分討論し、時にはガガリーンの窓に石を投げ、そして失敗すれば――自分の計算で若者を死に追いやります。書かれるシーン全ては理にかない、情に触れ、実に格好良くなっていました。技術者のロマンチシズムの塊であり、それを貫き通す姿はあまりにも魅力的でした。
 そのために主任設計者が去ってなお慕う者がいる伝説へ深く共感出来ますし、志を受け継いだ技術者が伝説を鼻で笑い優れた技術者としてのみ敬愛する沽券も理解できます。相容れない思いを同時に抱ける内容だからこそ、伝説への祈りと、技術への献身が交差するラストに胸を打たれました。
 そして、文章も機知に満ち、素晴らしい対象をより良く表現していました。最高です。

  • サターン時代

 ニクソンが失脚し、ベトナム戦争から早期退却したオルタネイトのアメリカで繰り広げられる宇宙開発を書いています。3人の宇宙飛行士を通して架空の宇宙開発を30年以上を追うことで、ifをより生き生きと感じられましたし、老いてなお盛んで宇宙の最先端に在る生き方は楽しそうに見えました。

  • 電送連続体

 クラーク&バクスターの短編。転送技術をリードする優秀な科学者と、最後の開拓者である優秀な宇宙飛行士との夫婦のそれぞれの生き方を書き、宇宙開発の行く末を描いています。
 技術開発についていけない宇宙飛行士という頑固さに寄り添い、実際の技術から遠ざけられるために、取り残された感じに共感出来ます。だからこそラストの「SFは絵だなあ」ちっくな大ネタに感動出来るようになっていました。ただし、その絵は確かに良く出来ており感動できるのですが、どうしようもなくクラーク的というか、またそれか感が強いので、ちょい減点対象でもありました。

  • 月をぼくのポケットに

 月に憧れた少年が月の石を手に入れるお話です。展開がストレートに過ぎる他愛ない小品ですが、少年の熱意の瑞々しさと、ストレートさ故の衒いのない感動は好みでした。

  • 月その六

 月面に降り立った宇宙飛行士が無作為に並行世界に運ばれてしまう混乱を描いた短編。どうしてそうなったのかという原因はちょっと魅力に欠けるものの、題名通り6つの並行世界の月を矢継ぎ早に移動させられて行く混乱具合は面白かったです。

  • 献身

 火星に降り立ったクルーが困難を乗り越える技術SF。普通の出来です。作品内で盛り上がりますが、没入出来ませんでした。

  • ワイオミング生まれの宇宙飛行士

 舞台は少し非科学に傾き、占いとか陰謀とか宇宙人誘拐とかムーネタが盛んな地球。外見が宇宙人グレイに似ているだけの普通の男の子が宇宙を目指すようになる――という際物めいた設定でど直球の宇宙飛行士SFをやってのけました。
 真摯でユーモアに満ち瑞々しい。卑怯なまでに隙がありません。これまた大傑作です。

  • まとめ

 以上、宇宙開発SF傑作選と銘打たれた通り、宇宙開発に関連した上で外れなく秀作揃いでした。非常に優秀なアンソロジーと言って良いでしょう。特に『主任設計者』と『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』はマイベスト級でした。
 『スティーヴ・フィーヴァー』もまたレベルの高いアンソロジーであり、SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーの企画は大成功だったと評価します。今回は『ポストヒューマン』『宇宙開発』でしたが、そういったちょっとニッチだけど興味深い分野のアンソロジーが今後も出ることを期待しています。

  • Link

 

ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)
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