ロトの勇者アレルが大魔王ゾーマを倒してから100年、異魔神によって世界は再び脅かされていた。ロトの血を引く者・アルスを筆頭に善なるものたちが魔神と魔王軍らに対抗していく――
元は1991年から連載されたドラゴンクエストの世界を舞台にした漫画です。それを大幅に加筆修正されたのがこの完全版。
ドラゴンクエスト的な要素を用いて、一級のファンタジー漫画に仕立て上げていました。
善と光――3人のロトの子孫たち、3人のケンオウたち、そして力を持たないながら闇に対抗する意思を持つ人間たち。
悪と闇――異魔神、4体の魔王、そしてヤマタノオロチや魔剣ネクロスなどの魔物たち。
まだか細い眩きたる善なるものたちが力に溢れた悪しきものたちに打ちのめされながら力をつけて行く――というのがほぼ全編の展開。堂々たる王道でした。
この困難を克服していく主人公たちに魅力があるのは当然のことです。
しかし往々にして名作と言われるバトル漫画がそうであるように、本作も克服される対象たる敵方のキャラクタこそが非常に立っていたのです。
まず魔人王ジャガン。
敵に回り魔人として育った、聖なるロトの血脈という矛盾を抱えた存在として最後まで存在感を示します。
最初は判りやすく、真っ当に育ったロトの末裔たる主人公アルスと相克するライバルとして登場。
(ロトの紋章 完全版 9巻)
あんまりにもド直球過ぎて若干引くぐらいでした。
しかし物語が進むにつれて、ジャガンが己の目的を果たすための行動が逆に自分の真なる願いを浮き立たせることになり、ひいては聖にして邪という矛盾の陰影がより濃くなっていきました。
生来は聖である存在が悪を成し、悪を成した存在が聖を臨まねばならなくなったとき、とうとうジャガン個人の魅力は眩いものとなっていました。
(ロトの紋章 完全版 12巻)
正邪反転もまたよくあるネタではあるのですが、それまで聖なるものらが真っ当に正しくあったからこそ、正しさに戻るの辛さと安堵が強かったと思います。
次いで竜王。
このキャラクタの使い方は凄かったです。
最初は異魔神の気まぐれに振り回され、ジャガンに小言を言いながら手柄を奪われるという、わりと小物系として在ります。
しかし、あれと思うようになったのは、魔王が減りだし、彼が矢面に出るようになったあたりから。
(ロトの紋章 完全版 11巻)
(ロトの紋章 完全版 12巻)
実はかなり味方想いであるカリスマ系か、こやつは?!と評価し直すようになりました。
そして、物語の佳境で改めて問いかけられます。
――竜とは、竜王とはどういう存在なのか、を。
ここで実に思考の盲点をつかれました。本作はドラゴンクエストなので竜王は基本敵でしたし、これまでの流れで竜王が異魔神の下にいることと、竜が敵であることに何にも疑問を覚えてきませんでした。
だからこそ、だがしかしこの竜王は――となったどんでん返しに感動を覚えました。好感を持てるキャラクタであったからこそ、そのキャラを判断する常識がひっくり返されるのが実に心地よかったです。
(ロトの紋章 完全版 12巻)
これまた正邪反転の見事な使い方でしょう。
以降、かの竜王が最後の戦いまでに何を取り戻すのか――趣深いものでした。
最後に異魔神。
まごうことなきラスボス。
序盤から中盤までは顔面だけ闇に浮かんでおり、打つ手が見通せず、何を目的としているのかという謎が物語を引っ張っていきます。原作者が復讐をメインに据えて、作画者がそれだけでは矮小だと修正を加えたことによるのか、プロットが良い意味で錯乱しており目的を覆い隠していました。その結果として底の知れなさが生まれたのでしたら、何が功を奏するか判らないですね。
そして終盤では圧倒的な破壊者としての姿を露わにします。
この異魔神が本性をだした、最初に唱える呪文がふるっています。
メラゾーマ、ヒャド、ギガデイン、フバーハ、etc、ドラゴンクエストナイズな呪文の数々はそれはそれで心が躍る文字群です。
ですが、異魔神は用いる魔法のルールが現代とずれており、その理解の出来ない旧い力がより絶望感を煽っていました。
そう、高密度魔法言語と銘打って、曰く、
りゅうせい
この短いひらがなの極まっていることと言ったらなかった。
ルールが違う絶望的なラスボスに対し、今の――ドラゴンクエストの――力でどう立ち向かうのか、立ち向かえるのか、最後まで楽しめました。
以上。名作でした。
- Link