RE:異世界から帰ったら江戸なのである─女天狗昔物語─ 1-3 雑感

 現代日本に生きていた青年・九郎は異世界転移し数十年過ごし、魔女によって若返って女体化して江戸時代に帰ってきた。身寄りのない彼は女天狗・九子として蕎麦屋の上に居候することになる――

 8代将軍吉宗の時代で天狗として過ごす日常を書いた長編小説。
 吉良上野介赤穂浪士の討ち入りの日を繰り返し100数回以上死に戻る『オール・ユー・ニード・イズ・吉良』とか、47人の浪士が47万人に膨れ上がって江戸に大騒動を起こす『【映画化】元禄世ミリオン忠臣蔵~47万人の赤穂浪士~』とか、なろうでトンチキ時代小説を書くと右に出る者がいない作者の作品となります。

 これがまたやったらめったら面白いんですよ。
 ノリは確かになろう的なそれです。実質90歳ぐらいの精神年齢であり、あんまりあくせく働かずのんべんだらりと過ごしたいという隠居志向から異世界の魔法と未来の知識を活用して繰り出される新料理や開発が江戸時代当時の標準とかけ離れていてちょっとした騒動を巻き起こす――というもの。
 全くの異世界ではないけれども現代日本からすると隔世の江戸時代。そこで用意出来る魚や具材で、現代日本ではよく知られていて未だ広まっていない未来の日本料理を作って旨しと食べる様が本当に楽し気で、良い感じ。異世界の場合は文化の浸食の仕方に嫌味がどうしても出る場合があるのですが、本作の場合は食と風俗のときの早め方のバランスが巧みでした。
 当時はあまり食されていなかったマグロを冷凍する術を使って新鮮なまま店に用意して鉄火丼にして提供し曰く、

 そう願いながらも、改めて鉄火丼に向かう。
 漬けになっているマグロはタレが染み込んで、ひょっとして悪くなっているのでは?と疑わしい見た目だ。端右衛門は糸を引いたりしていないか、箸で少し確かめてから飯と一緒に口に入れた。
(……! 濃厚なマグロの肉肉しい味が、噛みしめる度に旨味と甘味が滲み出て、生臭さを生姜が打ち消している……! かかっているタレだけでも飯が進みそうなのに、このマグロの味を白飯が引き立てる!)
 (左高例.RE:異世界から帰ったら江戸なのである─女天狗昔物語─1巻(カレヤマ文庫)(pp.183-184).)

 あるいは明治時代以降でないと広まらないなめろうを出したり、

 端右衛門は惜しみつつも、一旦口を味噌汁で潤して次はなめろうで飯を食おうと思った。
 怪しげなつみれもどきを箸でひとつまみ取って、口に入れる。
 じゅわりと。
 口の中で、魚の脂と味噌の旨味、薬味の爽やかさが渾然となったものが美味という情報だけ舌に伝えて溶けた。
(……!)
 無言で端右衛門は驚きながら、次は飯の上に乗せてなめろうを食べる。
 舌で直接味わうと濃厚としか表現できない複雑な味わいが白米で中和されて、程よい旨味となって飯粒一つ一つに絡み噛みしめるのも忘れて飲み込んでしまう。
  (左高例.RE:異世界から帰ったら江戸なのである─女天狗昔物語─2巻(カレヤマ文庫)(pp.80-81))

 これ食べたい――となる料理の数々をご堪能あれ。
 主人公は言動共におじいちゃんおばあちゃんムーブに終始するので嫌味がなく、任せるところは(ほとんど)任せるようにして一つに拘らず切羽詰まった感じがない軽やかさが続くので読んでいて爽快ですし、身分制からどうにもらないところは上様や沙汰に従うストレスもちょっとしたスパイスで良い味変になっていました。
 瀕死の後家である妖怪絵師・鳥山石燕を筆頭としてサブキャラも魅力十分ですし、ちょっとしたシリアスやチャンバラもまた良し。
 繰り返しますけど、読んでいてほんと楽しい小説でした。

 なおTSあたりとか下世話なくだりはやや人を選ぶかもしれませんが、それはそれ。そこまで下品ではないので、ありなのではないでしょうか。


 以上。お薦め。続編楽しみにしています。

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