月と太陽 雑感

 瀬名秀明氏によるSF短編小説集。ノンシリーズの5作が編まれています。時勢によるのかどの短編も東日本大震災の影響が色濃く出ていました。
 その上で全体的な印象としては、これまでの作品でもあったような力強いポジティブさを感じました。
 より良い未来への志向、物語への信頼。
 今ここで悲惨な出来事が起きたとしても人間とテクノロジが共に進んでいくのを語り続ければいつかは正しい場所へと至るという、感性と理性――人間の肯定。
 難解なものでも判りやすいエンタメでも読んでいて力が貰えるので、好きな作家のお一方です。
 
 短編集内で好みだったのは「真夜中の通過」「瞬きよりも速く」の2編。

  • 真夜中の通過

 大学が打ち上げた人工衛星はこれまで出していた電波を発さなくなった。研究者たちは歓喜し、新しい計画が動いていく――

 大学の研究室を舞台としたプロジェクト物として面白かったです。
 人工衛星が何故電波を発しなくなる故障が喜ばしいのかと興味を引き付ける冒頭から始まり、人工衛星の設計や操作の失敗、そこから諦められていた計画が諦めていなかった人たちの手で再度動き出し、修正や改善、プレゼンやカンファを重ね、プロジェクトがビルドされていきます。
 小規模ではありますが、理系的なダイナミズムはばっちりあり、自分の嗜好と合致しました。

  • 瞬きよりも速く

「きみは優しい子だね」
「そんなことないです」
「だから気をつけた方がいい」
 男は穏やかな目で彼女を見下ろし、愛おしそうにいったのだ。
「きみはいつか、誰かの獲物になるだろう」
  (月と太陽(講談社文庫)(Kindleの位置No.3982-3985).講談社

 人工的なサイコパスを作ろうという研究の過程でサイコパスに"なぜか"狙われやすい人物が判明するようになったという設定。そのサイコパスに狙われやすいという性質をもっていた古川三奈美がある作家の家を訪問した裏で、「気を付けて生きろと、彼女には伝えたのだがね」という警告のメッセージが関係者に送られ、物語が動き出します。
 三奈美の知り合いの研究者は高校生たちの前で自分の研究に関してプレゼンしながら同時に三奈美の安全を守るために頭を働かせ、≪サイコパス≫は三奈美を標的に行動していく――と並列してサスペンス形式で書くことで、どちらが目的を達するのか、三奈美がどうなるのかという興味を引きつけられて最後まで読ませられました。

  • その他

 作家の小型飛行機の練習飛行を書く「ホリデイズ」、スタンダードなタイムトラベル物でありながら語り手の『おれ』の設定で膝を打つ「未来からの声」、双生児の結びつきを発端にからひとの魂も肉も何もかもが変わっていく未来を描く「絆」のいずれも悪くない作品ぐらいだったかなと。


 以上。一冊の出来としてはぼちぼちでした。

  • Link

 月と太陽 (講談社文庫)
  B07TV3KHX8


 <既刊感想>
  デカルトの密室 感想