アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風 雑感

 雪風シリーズ3作目。
 本シリーズは何としても情報を持ち帰るべく作られた部隊・特殊戦のパイロットである深井零と戦闘知性体・雪風とを通して正体不明の異星の敵・ジャムとの戦いを書いているのですが、巻を重ねるつれて状況はどんどんどんどん混迷していっています。


 《現実》が判らない――というのは神林長平作品の大きな特徴の一つです。
 火星三部作しかり。ディックの塗布された幻想/暗い現実のようなパラノイア観と似通っているようで、《今ここ》の不安と同時に《現実》の不信まで行く現在の先端のSFとなっている点において根本が違うかなーというのが個人的な見方です。
 ……更に語りたい所ですが別の話なので今は置いておきましょう。
 

 さて、既刊まではジャムが作ったコピー人間のようなものが出てきて、アイデンティティクライシスが起こる程度――程度と言い切るのが怖い所ですが――なのですが、本作は更に踏み込んでいます。本当に何もかもを疑うことになるのです。自分を、他人を、時を、場所を、他人との《リアル》の同期を、全てを疑います。そして疑いながら、自問自答と、他人とのコミュニケーションと、戦闘知性体とのコミュニケーションと、敵であるジャムとの接触により、人が人として感覚として得た《リアル》を《現実》に向けて補正していきます。
 その道程はスリリングではあるのですが、同時にあまりにも迂遠というか、ころころ意見が変わっていくのがもにょる時もしばしば。基本的には零視点でありながら多視点を使い、混乱の度合いと補正の強度を上げるのは良いのですが、どうしても効率の悪さが先に立ってしまいます。効率を良くしたら答えに重みが出ないというようなことを本編でも指摘しているように、不可欠な過程なのですが、執拗かつ丁寧なのを延々と読むのは堪えますね。堪えるのが快楽/スリリングなのは繰り返す必要はない所でしょう。


 ただし迂遠で効率が悪いにも関わらず、先を見失うことはありません。何故なら立脚点がはっきりとしているからです。
 それが雪風――ジャムと戦うために生み出された戦闘知性体の在り方。決して間違うことがない、《現実》。
 それをこれまでのシリーズを読んできて、本巻で散々迷った/惑った挙句のあの描写を観たからこそ、諸手を挙げて賛成できます。

 雪風だ。人語で混乱し錯綜する空間を、雪風という戦闘知性体が有無を言わせずに、切り裂いていく。
   (P202)

 焦点が合わなかった景色にピントがあっていく美しさと言ったら、もう。
 というか、その前あたりから零が雪風にメロメロなのを只管語られて胸焼けしそうなんですがねー(意訳

 
 そして。

〈you have control...Lt.FUKAI〉
  (P447)

 "you have control"に、戦うスタートラインにようやく辿り着いた感動を胸に、これを読みたかったぜと声を大にして言いたいドッグファイトを堪能しましょう。曖昧模糊を味わいまくったからこそ、このオーラスの見事さが余計際立っているように思えましたね。


 以上。ようやく戦いの準備を終えた――という具合。続きが楽しみです。

  • Link