舞面真面とお面の女 感想

 箱を解き 石を解き 面を解け
 よきものが待っている

 財閥の当主が遺した遺書の謎を、工学系の大学院生の主人公は久々に会った美女の従妹と共に解き明かしていく――。
 こてこてと言っていいぐらい極めてオーソドックスな滑り出しです。それに従妹は主人公を慕っているけど、でもアタックしきれず主人公も気持ちを汲んでくれないからやきもきするとか基本ですよねーと。
 調査の描写は外連味は乏しいですが、丁寧に描かれます。6cm四方の立方体の金属の箱を見つけ、金属の種類の推測や透視による内部の観測などにより箱の謎に迫っていくのですが、内部の空洞に何が入っているか解らないことを前提にきちんと理詰めで追っていきます。それから山中にある大きな石を調べていく内に狐の仮面をかぶった少女に遭遇し、この謎めいた少女の出現により箱・石・面の札は揃い、物語と謎は加速していきます。例えば50年以上前の写真に財閥の当主と同じ仮面で同じ年恰好の少女とが写っていたり、その仮面の少女を連れて他社との交渉をしたエピソードが出てきたりと仮面の少女こそが謎の中心なんじゃなかろうかとなっていきます。
 そう、半分まではオーソドックスな始まりに合わせて手堅い展開です。会話は軽妙で、女性キャラは好感度高い造形。このままストレートにするする行くのかなと思ってしまうところでした。
 ……勿論、『[映]アムリタ』で本当の意味で天才を書いた作者の作品がそんなはずもなく。

「だが、お前を驚かせるような出来事は何一つなかった」

 唐突な仮面の少女による主人公の内面への切り込みにより、思いもしなかったけども、思い返してみれば腑に落ちる、主人公の本質が明らかになります。切り込みから噴出したとある『渇望』を読者として知った瞬間、それまでの主人公の心情に寄り添った三人称で語られた地の文の意味付けは180度変容しました。
 よくもまあ、そんなありきたりのことを考えて、ありきたりのことを出来てきたな、と。人間の論理でこれまで物語が来たからこそ、人間ではないという矛盾。その、ありきたりの人間であろうとする、ありきたりの論理に沿おうとする努力の非人間さがフリークスであると読み手にきちんと理解させられる手腕はお見事としか言い様がありません。
 そして周到に用意された謎は、人間の理詰めから非人間の論理でぶった斬られて瓦解します。この今までの通り一遍の青年と少女の謎解きのお話の捻じ曲がり様が実に素敵。狂って筋の通った論理により、繋がらなかった道筋をつけられる在り方のなんと美しいことか。
 個人的にロジック物の極地の一つとして偏愛している『スパイラル小説版第4巻』に狂った論理を指摘してしまった探偵へ、狂った論理に手が届くことへの憐憫の一節があります。

 お前はなぜその狂気にたどりつける? 論理的に事件を解いていきながら、なぜ最後にぷいと狂気の方に向けるんだ?
         (P259)

 私が小説に求めている一つがこれですよ、これ。人とは違う人の在り方を見てみたいという欲望が突き抜けた極地がこの作品であり、『スパイラル小説版第4巻』であり、その他色々今まで触れてきた作品とか、これから触れていく作品とかにあるのでしょう。


 さて閑話休題
 瓦解した謎の後に、とあるどんでん返しが来るのですが。それは読んでのお楽しみ。非人間さという共通項で直結したそれは、クラークの『太陽系最後の日』の最後の一文に匹敵する、豊饒な物語を予測させるものでした。
 そんなこんなで『[映]アムリタ』に続いて、『渇望の成就』がテーマだったと捉えました。この渇望の定義が人から外れて極まるほど成就する時にとんでもない物語になっていくのだろうと、これからどんな作品が読めるのか楽しみです。


 以上。大好きな一作になりました。この作者の小説はkindleで出ている分は買い揃えているので、これからハードルを上げに上げて読んでいきたいと思います。
 

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