伝説とカフェラテ 傭兵、珈琲店を開く 雑感

 女オークのヴィヴィは傭兵をリタイアして珈琲喫茶を開かんとす――

 というファンタジー小説
 血生臭い剣と魔法の冒険から退いて、街に土地を買って自らの家とし、腕っぷしではどうにもならない喫茶店稼業を営む日常を書いているのですが、これがまた実に面白い。
 アメリカで自家出版からあっという間に流行ったようですが、それもむべなるかなという出来栄えでした。
 珈琲ってなに?というレベルの街で珈琲を飲ませてみたら嵌ったサキュバスが看板娘となり、常連のラットキンは素敵なお茶菓子を生み出す天才で、自信なさげな吟遊詩人は前代未聞のリュートを奏でる・・・。あれよあれよと仲間が増えていって喫茶が育っていく様はこれぞコージー/居心地の良い小説だというお手本のよう。

 というかですね、このうちのラットキン”シンブル”の可愛さは悶絶級。一言以上はあまりしゃべらない内気さだけども、魔法のようにお菓子を生み出し、時折繰り出される新作は待望過ぎて心を奪われる、報酬は賃金以外に大好きな珈琲プリ―ズ――ああ、その一挙一動が愛おしい。

 シンブルは水切り台として使っていた小さなテーブルに近づくと、足載せ台によじ登り、パン生地を練りはじめた。作業中、周囲に粉の霧がふわふわと漂った。
 生地を寝かせているとき、不安そうにひげをぴくぴくさせて近づいてくると、「カフェラテ?」とささやいた。
「シンブル、よかったら一日じゅう目の前に淹れたてのマグカップを置いておくぞ」
 ラットキンは喜びのあまり全身をくねらせた。
  (トラヴィス・バルドリー.伝説とカフェラテ 傭兵、珈琲店を開く(創元推理文庫)(pp.141-142))

 歴代でもトップクラスに好きなネズミ系でした(争うのは楽俊とか?)。

 そしてトラブルが起きても血にまみれた過去と決別するために必死に剣には頼らないようにするのも読んでいてついつい応援してしまいます。
 戦闘がある作品では敵役と対面した時に倒せるのに倒さないとどうしてやっちゃわないのかとついつい不満になることもあるのですが、主人公のヴィヴィがこの珈琲店を大事に思う気持ちが伝わってきますし、同僚のサキュバスが懸命に引き留めるのも冒険仲間ではない腕っぷしに頼らない新しい仲間の姿勢としてじんわり温かくなるものでした。

 最後に。
 この女オークとサキュバスのロマンシスがこれまた最高なので、是非読むべしと念を押しておきます。


 以上。お気に入りの逸品という言葉が相応しい作品でした。お薦め。

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