どんがらがん 感想まとめ

 今は亡き殊能将之氏が唯一アンソロジーを組んだ「どんがらがん」を読んだので感想をまとめてみます。

  • ゴーレム

 灰色の顔をした男が突然老夫婦の前にやってきた――。一般人と古くて新しいオーバーテクノロジーとのすれ違い小説。喜劇めいたディスコミュニケーションからグロテスクなオチになる転換は鮮やか。

  • 物は証言できない

 老いた奴隷商人の転落。ルールを活用した者はルールにそって裁かれるという教訓譚。出来は普通。

  • さあ、みんなで眠ろう

 とある地球外惑星に住む知性の乏しい醜い原始的な種族が人類から迫害される状況を知った一般人が何とかしようと孤軍奮闘する話。どうしようもなさが苦い。

  • さもなくば海は牡蠣でいっぱいに

 奇妙なものに擬態するナニカを自転車店の共同運営者2人のすれ違いで書く話。存在Xの不可解性を目隠ししながら語るような手口。落ちは怖いけど、広がりがなく弱い。

  • ラホール駐屯地での出来事

 英国のパブで老人がインドでの兵卒生活を語る。人物説明から引き込まれる語りであり、語りの前段階の状況設定さえ騙りに加担していた。パブという閉鎖された時間と場所から離れたふわふわした空想が地に落ち着く瞬間も凄い。小説として秀逸。

  • クィーン・エステル、おうちはどこさ?

 とある家庭の一幕を描くのだけど、文章が変態的。よく訳したなあというレベル。

  • 尾をつながれた王族

 異形の種を神話調に書いている。これまた語りのテンポが良い。中身は異形の種をありのままに描いて、よく分からない説得力を持たせている。

 とある地下室での男とサシェヴラルとの会話劇。いわゆるカーニバル物だけど、リドルストーリーでもある。サシェヴラルとは一体猿なのか人なのかというリドルをかけようとしているというタネが明かされても、それまで交わされた会話の調子は色あせない。

  • 眺めのいい静かな部屋

 養老院での一幕を描いている。恍惚とした空気に満ちた何とも言えぬ感じから、人生のほの暗さに触れる。老人小説として、完成度高い。

 意地悪な老爺が少年を怪物の作り話で脅しているが――。夢が最悪な形になってしまい、短編ながら急に展開の様相が変わるのにちょっと驚いた。ふと少年の夢も叶ってしまっているあたりがにくい。

 立派な服装をした少佐が問題児に会いにくる――。『夢が叶う』という一点でグーバーと同工異曲になっている。ただ暖かさが段違い。仕掛けが明らかになり、最初見えた外見よりも苦いが、しかしより深くなっている。幸あるかな人生という感じ。こういうストレートな暖かさは嫌いになれない。

  • そして赤い薔薇一輪を忘れずに

 とある男が椰子の葉に煤で書いた連禱など換金困難な書物が並ぶ個人書店に招かれた――。足が宙に浮いたような素敵な書物の羅列と魅力的な取得方法が楽しい。そこからさらっと現実に戻され、ぼんやりとした記憶だけが残る読後感が不思議。

 旅行者がある人物に会う為にナポリにやってきた――。正直理解し難い。イベントの意味がさっぱり解らない。ただ語り自体は豊潤。歴史ある煉瓦作りの建物、そこかしこに並ぶ紐にかけられた洗濯物、パスタ、そしてナポリの都市そのもの。その形容だけでも楽しめる。

  • すべての根っこに宿る力

 メキシコを舞台にした伝奇ミステリ。人の顔が異形に見えるようになった警官がとある事件に巻き込まれるのだけど、前半の警官主観と、それが壊れきってからの真相の意味不明さの嫌な感じがたまらない。面白いかと聞かれれば、全然。

  • ナイルの水源

 世の中の流行りのおおもとを探し求める話。奇想ではあるけど、その発想よりも展開にびっくり。ここでNTRですかーー!!と海老反りで叫んでしまった。ここまで鮮やかに何もかも掻っ攫れる読書経験は久々。身悶えしてしまった。NTR小説としてお勧め。前情報が全くなかったので本当に唐突だったから、良いNTR体験だった。NTRは突然頭をぶん殴られるこうでないと。ひょっとしてNTRてる?、NTRてる?、やっぱりNTRてたー!!、というのも悪くないけど、個人的には気付きは唐突の方が好き。

  • どんがらがん

 自国を救う方法を探しに諸国を漫遊する王子がどんがらがんと出会う――。この人たちは何をやってるんだろうという馬鹿騒ぎに満ちていた。

  • まとめ

 SF・ミステリ・ファンタジー・ノンジャンルを融通無碍に行き来するジャンルの偏りのない短編傑作選でした。好きな短編を選べば『ラホール駐屯地での出来事』と『ナポリ』になります。
 あとがきで「苦労してできあがった傑作選を読んだ読者だけがハッピーという(笑)」(P458)と言われているように、玉石の中から出来の良いものおよび作者の特色が現れているものを選び抜いたとして受け取って良いのでしょう。個人的には抜群に素晴らしい大傑作の短編は無かったですが、デイヴィッドスンという作家の楽しみ方がそこはかとなく解ったような気になりました。
 一つは弱者への視線です。作者は無遠慮に理解されぬまま虐げられる弱き者をよく取り上げているのですが、その際に変に美化せず持ち上げず、仰々しく救いもしません。愚かだったり、醜かったり、力が無かったりするのを在るがままに乾いたユーモアを込めて描写します。文章の中に閉じ込めたそれを読むことで、作者がどのような眼差しをかけていたのかに想いを馳せることで作品の趣が深くなります。
 もう一つは語りそのものです。作品内人物による語りで進行する短編が多いのですが、どの語り口調もテンポが良くて文字を目で追うにつれて引き込まれる名調子でした。

 おおさむ、おおさむ。下宿の部屋は寒い上に、勤めからうんと遠い。若者でさえ、この冬には不平たらたら。この国が生まれ故郷のくせして――氷みたいに冷える、という。だったら南国育ちの女にがまんできるわけないでしょうが?
 (P120:クィーン・エステル、おうちはどこさ?)

 この調子に乗せられてあれよあれよと軽快に進んでいくのに加え、地の文では都市の作りから洗濯物一つまで生命の息吹を通わす形容の豊かさがありました。そんなこんなで筋だけを取り出すと微妙ながら、文章そのものを読む楽しさを味わえました。翻訳も見事なのでしょう。流石、浅倉久志さんです。


 以上。これというストロングポイントはありませんが、好感度の高い一冊でした。

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 参考:著者インタビュー:殊能将之先生

どんがらがん (河出文庫)
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