女王国の城 感想

 本当に久方ぶりの江神シリーズでした。単行本が出た2007年の時点で買ってもよかったのですが、今までが文庫で買っていましたので、大きさを揃えたい為に更に3年待つことになりました。前作の『双頭の悪魔』文庫版を読んだのがほぼリアルタイムですので、10年近くになりますね。いやあ、長かった。


 という訳でわくわくしながら読んだ訳なのですが、読んで最初に思い浮かんだのは江神シリーズの第1作目の副題『Yの悲劇'88』です。
 捧げられた大本である『Yの悲劇』について詳しく言う必要性はないでしょう。エラリー・クイーンによる本格ミステリの古典的名作です。当時、『全世界が活動を停止した』犯人を用意したことで、或いは殺人の凶器“マンドリン”をめぐる論理において、或いは――名探偵ドルリー・レーンのとある行動において名を残しています。
 雄々しくもその名を掲げた第一作目においては悲劇を予知された名探偵と作家志望の青年に関する瑞々しい物語にして本格――“新本格”ミステリとしてはあったものの、その副題の必要性をフェアな本格ミステリとして在る理念以外にほとんど感じませんでした。
 けれども、長い時を経て完成された本作は正しくも『Y』の先を行っていたように取りました。江神シリーズとしても、ミステリとしても。


 まずはシリーズ物としての側面から語っていきます。ただ語ると言っても、文庫下巻の解説でほぼ説明されている訳なのですが。

 ただし……そのはてに立っていた真犯人の姿は、少なからず江神を傷つけたはずです。(中略)それは、ひょっとしたら、なっていたかもしれない、もう一人の自分です。
    (P438,『女王国の城 下』)

 引用するにあたって略した部分を含めて、この一段落に尽くされるでしょう。江神は犯人の動機をこれ以上ないほど判っていたに違いありません。踏み込むならシンパシーを感じていたかもしれないと勘ぐることも出来ます。何しろ前作のラストにおいて犯人の最後の意図を助けたよりも前向きに犯人を唆します。

「ええ。でも、そうはならないと思うんです。論理で追い詰めさえすれば、犯人は潔く罪を認めてくれるでしょう。私の推理が的中していたら、おそらく犯人はそのようにふるまいます。それどころか、自分から犯行の一部始終を告白したくなっているかもしれません」
    (P333,『女王国の城 下』)

「言いたいことを言う時がきたようです。今しかない」
    (P385,『女王国の城 下』)

 これらの共感と示唆は暴力<犯罪>による理性<ミステリ>の敗北に繋がりはしません。前もって有り得ない繋がりを見ること、例えば予知には飲み込まれてはならないと作品中で江神の口から語られています。

「反対やろう。本格ミステリ陰謀史観は、ある部分で通底しているかもしれん。(中略)世界のすべては今の私に繋がっている、という幼稚で誇大な妄想。本格ミステリは、それと戯れてみせる」
「幼稚で誇大な妄想ではまずいやないですか」
「せやから、それと戯れてみせるんやな。作り物であることを誇示して、大きな身振りもする。見えない糸を視るという物語に、読者が呑み込まれないように。――付け加えておくと俺は、幼稚で誇大な妄想から生まれた小説イコールすべてが幼稚でつまらん小説とも思わんけどな」
 (P277-278,『女王国の城 下』)

 これはまた江神の自信に対する人生に対する宣言としていることは疑いようがないでしょう。
 けれどもどうしようもなく、江神という名探偵は予知への反抗に対してシンパシーが湧くことだろうと想像するのは難くありません。前述したように、母親から30歳前に学生で死ぬ――と予知されているのですから。
 そうして、自分でありえて否定しなければならない犯罪を告発したことに江神の心が引き裂かれただろうと更に想像を羽ばたかせることは無益ではありません。あとがきによると、次の長編が最後となるそうです。その最後の長編で江神が予知を何を考えてどう乗り越えようとするのか――の読者からの見えない糸の推理に繋がるのですから。
 つまりは本作における名探偵の在り方と行動はシリーズ物として極めて重要でした。恐らくは『Yの悲劇』の先にあった――『最後の悲劇』を迎えない為にも。

 
 ミステリの側面からは“子供の成長”として語れますが、まあネタバレになりますので割愛。
 

 他に気になる点を羅列すると、バブル末期に時の流れを感じたり、本格ミステリに不可欠の奇狂な建築物を建てるお金の問題に想いを馳せたりしました。ああ、あとアリスとマリアに関しては小っ恥ずかしいなあ、お前らとだけ。
 

 以上、江神シリーズを堪能しました。次は短編集とのこと。楽しみにしています。

  • Link

 

女王国の城 上 (創元推理文庫)
有栖川 有栖
東京創元社
売り上げランキング: 1554