帝国という名の記憶 上・下 雑感

 ルスエル・ステーションの大使がテイクスカラアン帝国の首都に新たに召集された。前任者とは音信不通であり、なぜ新たに呼ばれたのか情報がなかった。新大使のマヒ―トはルスエル・ステーション固有のテクノロジーである神経インプラント<イマゴマシン>内の前任の15年前の記憶を相棒として、首都シティへと赴く。そこで彼女は宇宙を揺るがす陰謀に巻き込まれていく――
 
 というSF陰謀小説。
 広大な宇宙を支配するテイクスカラアン帝国においてなぜ辺境の大使が重要となりうるか、前任の大使になにが起きたのか、なぜ新たな大使はなんども暗殺されようとするのか――SFならではのガジェット、そして洗練された詩と言葉と建築物に満たされた帝国の風俗の生き生きとした描写によって、宇宙をかけた政治と陰謀を書きだそうとされています。

 スリー・シーグラスはすばらしい声の持ち主だった。暗唱しているのは『ザ・ビルディング』──シティの建築物を描いた一万七千行におよぶ詩だ。厳密にどのバージョンなのかはわからなかったが、それはマヒート自身の手抜かりかもしれなかった。テイクスカラアンの正典からお気に入りの物語詩を集め、テイクスカラアンの文学者をまねて(そして口頭試験に合格するために)できるだけたくさん暗記していたが、『ザ・ビルディング』はいつも退屈に思えたので気にしていなかったのだ。いま、そこで描かれている建物のそばを通過しながらスリー・シーグラスの暗唱に耳をかたむけていると、まったく印象がちがった。彼女は流暢な朗詠者で、韻律構成をみごとにあやつり、即興がふさわしいときには関連する愉快な細部をその場で付け加えた。
  (アーカディマティーン.帝国という名の記憶 上(ハヤカワ文庫SF)(p.26))

 立ち並ぶ建築物が詠われた詩があり、当然バージョン違いがあって、即興によってまた変わっていく。あるいは言葉遊びの詩作が誰ものたしなみで、鮮烈な四行詩が民衆に広がるスローガンとなる。
 文章でしか表現できない小説で、言葉と詩的であることに重きを置かれる帝国が語られていきます。それが文学修辞上高度な達成がされていないにせよ、未来の一つの形としてある程度魅力的なものとしていました。

 その上で陰謀のキーパーソンたちは大いに策謀しますし、若々しい主な登場人物たちはこんな世界でスパイが跋扈するエスピオナージっておかしいですよねとちょっと肩を竦めつつも非現実さにどこかわくわくして苛烈な生き死の荒波に揉まれていきます。
 帝国の中にいる若い感性と帝国の外からきた若くて野蛮人の感性を上手く対比させることで陰鬱一辺倒にならない塩梅は読みやすさに寄与していました。

 それに主人公の大使・マヒ―トと、帝国の案内役・スリー・シーグラスの2人の女性のバディ物としてロマンスあり(つまり――百合)でかなり秀逸であることがエンターテイメントとして固有の面白みを加えていました。

言葉が途切れた。いかにも芝居がかった間の取り方だったが、マヒートにはほんとうのためらいのようにも思えた。スリー・シーグラスがさっきは見せなかった恥じらいが、いまは顎の形や、死体も含めた全員の視線を避けている様子にあらわれていた。「それと、わたしはエイリアンが好きなんです」
  (アーカディマティーン.帝国という名の記憶 上(ハヤカワ文庫SF)(p.81).)

 冗談かわからない、エイリアンが好き――という出会いから、徐々に手さぐりに互いの仲が深まっていくのはによによ出来るロマンスさでした。
 そして本当に仲良くなって良いのかという最後の躊躇いが陰謀の苛烈さでひょんと踏み越えられて愛が爆発しちゃうのには喝采でしたね、ええ。やはり百合は世界と戦う武器になるのですよ(目がぐるぐる)。


 以上。百合陰謀小説はなかなか類を見ないので読めて良かったです。次回作も買ってあるので楽しみに読み進めていきます。

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