鯨の王 雑感

 深海を舞台にしたSF小説
 新種かもしれない鯨を巡り、学会の鼻つまみ者の日本人鯨類学者が企業に雇われて探索するパートと、アメリカ軍が潜水艦や海底基地を襲われて対抗していくパートとが書かれています。
 追っていく側と襲われる側の両方からの視点で徐々に未知なる存在の生態が明らかになっていきます。追う側としては未知の存在が広大過ぎる海のどこにいてどう探すかか始まり、乏しい情報から妥当な推測をして更なる情報を得るために観測をし、観測で得た情報でまた推測を打ち立てて、徐々に接近していくことになります。また襲われる側では潜水艦の中で突如人が破裂するようなわけのわからない被害をくぐり抜け、何をしてくるかわからない未知への恐怖に耐えて、いかにして未知でなくしていくか決死の覚悟で直接的に情報を得ていきます。
 しかもここで場所が日光が入らず直視の情報に乏しい深海であるため、音・音波が情報を得るメインの方法であり、人類では直観・直像しにくい生データを解析して図示・言語化する必要がある手間も、その過程こそが未知と対峙していることを際立たせていました。
 そして後半でようやく情報交換出来るようになり、未知の存在――新種かもしれない鯨がようやく理解の及ぶ存在へと結像していく流れは知的興奮に満ちていました。
 これらの筋道が非常に活き活きと書かれており、ファーストコンタクト物の一種として圧倒的に正しい作りでした。

 問題としては人間同士の織り成すドラマがあんまり、うーん実のところさっぱり、おもしろくないことですかね・・・。
 キャラクタも魅力がなくて動かし方も今一つで興醒めでした。
 
 でもドラマが良くないというかなりのマイナス点を覆すほどSFとして楽しめたんじゃないかと思いますね、ええ。


 以上。深海を舞台にしたSFを読みたいなら、少しだけおすすめです。

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