桜井光が書く"幕末を舞台としたスチームパンク小説"――という時点で脳汁出まくりで購入しました。
嬉しいことに中身はこの溢れんばかりの期待に応えてくれる器を持っていました。桜井版スチームパンクワールドの一翼を担う質が充分にあったのです。
何せ、P2の下段からアクセル全開です。
文久三年。西暦にして一八六三年。
江戸の空は昏い。
これが出だし、ここから蒸気機関の恩恵を受けて機関都市へと発展した"江戸"が語られます。建物はこうで、移動方法はああで、と蒸気機関のマクロで変わったミクロがそろりと形になるのです。こうした、もしも日本になおかつ幕末にスチームパンクメソッドが持ち込まれたら――というifのセカイの一部が顕わになるのは興奮しましたね。
加えて、では城は歪つに建て増しされていないか、刀はどうなっているのか、大奥はどうなっているのか、そしてNINJAは? などなど蒸気機関から派生しうる空想をするのは心地よい楽しみでした。
そしてストーリーも実に桜井的でした。
会話に齟齬がありつつも用人に案内され、通された庭に鎮座する鉄の箱。中に居たのは黄金の少女――
単体でも美しいファーストエンゲージなのですが、桜井作品の今までの積み重ね、例えば瞳とか空とか手を伸ばすとかを知っていればなおさら深みが増すでしょう。
後の展開は青年と少女との旅路という十八番であり、当然よく出来ていました。特にかみ合ってないようでかみ合い、青年と少女の関係が成り立っていく掛け合いは良かったですね。
比較的残念なのは戦闘シーンでした。時代物の一つのピークである殺陣において勢いのない文章なのは絵と音と声とで修飾出来たゲームでさえややアレだったので仕方ないかなーとは思います。ラストの美味しい戦闘をそう削るのも技法としてはありかもしれません。重なると微妙でした。まあ些細な瑕ですが。
ただし最も残念というかもやもやしたのは終わり方です。あんまりにもあんまりで転げ回りたくなりました。ここで、そう終わるのか、なんてこったい、と。具体的にはP30のことです。蒸気機関に彩られた幕末の歴史の逸話を羅列し、あったことして語る、その終わり。や、その歴史をアクティブな物としてすごく読みたいんですがー。
なお"再々版しました&C82申し込みました!: Nest of the ENGINE"を読む限り、京都編は書いていただけるようです。楽しみに待ちつつ、西南戦争編、戊辰戦争編etcが出るのも超期待しています。
以上。幕末スチームパンクという単語に心が躍る方にお勧めです。
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